ブラック/クロスロード

魔王「今日も平和だ飯がうまい」の小説版。グロ注意。

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墓標なき墓守

飯うま魔王シリーズ過去編ネタバレ&ブラック/クロスロード全力ネタバレを含みます。
彼が北のその地を踏んだのは、祖父の葬儀からひと月あまりが経った日のことだった。
晴れ渡った空はこの上もなく高くあり、風は穏やかなものである。
冷えた空気を、鳥の囀りが飄々と切り裂いていった。辺りは手つかずの自然ばかりが広がっている。
人の気配はない。彼の立つ小高い丘から見下ろす場所に、小さな宿営場がある程度である。
建物は小さな宿場と、僅かな兵士が詰める関所くらい。
国と国とを行き来する行商人が稀に立ち寄る、たったそれだけの場所である。
そうだというのに不釣り合いな、堅固な壁で周囲をぐるりと囲われている。
ゆるくたわんだ緊張の糸がそこかしこに張り巡らされた、息の詰まる場所であった。

彼は大きく息を吸い込んだ。
あまりに澄みきった、その混じりけのない空気が肺をみたす。
と同時に彼は慣れない冷たさに、わずかに顔をしかめるのであった。
彼の生まれはここから随分東に行った国である。
これまで二十余年の人生の中で、国を出たことなど一度も無い。
一人旅もこれが初めての経験だった。元来、彼はあまり行動的な方ではない。
今回、彼をこんな場所まで導いたもの。
彼はそっと懐の物を取り出した。
何かを包んだ、色褪せた布である。
彼はこれをあの日祖父に託された。



祖父は厳格な、口数の少ない人だった。
若かりし頃に国の命運を賭けた戦争に身を投じ、そこそこの武運を上げたという。
一線を退いた後は指南役として国に召しかかえられ、兵を育てた。
父も同じ道を進み、現在は国の要職として日々剣を振るっている。
彼の兄もそうした道を選んだ。彼だけが剣を握ることを拒み、道を外れた。
ずるずると学生を引きずり、ふらふらと無為に毎日を生きていた。
縁者一同、彼を白い目で見ていた。祖父は何も言わなかった。
だからこそ、祖父は自分のことを見捨てたのだろう、と彼はぼんやりと思っていた。


ある時、彼はこっそりと祖父の部屋に呼ばれた。
さあいよいよ勘当かと彼は覚悟を決め、どこか心弾ませ戦地に向かった。
しかし展開は全く彼の予想を外れることとなる。
祖父は彼を見るなり、黙って包みと、古い剣とを手渡した。
首をかしげる彼に、祖父は堰を切ったように話し始めた。
多くを語る祖父を見たのは、後にも先にもこれっきりだ。
祖父はそれらを、罪と呼んだ。

「魔王が倒れた、という知らせも冷めた頃……五十年以上も前の話だ。
この国が戦火に見舞われたことがあるのは、お前も知っているだろう」

祖父はその時、とある女に出会ったのだと言う。

「金の髪がよく似合う、とても美しい女だった……あいつはふらりとこの国を訪れ、私達と共に戦いに身を投じた」

不思議な女だった。誰よりも剣の腕に長け、それでいて男勝りな女だった。
同じ部隊に所属した祖父は、その女にひどく惹かれた。
常に騒々しく、人と剣をくらべることを生きがいにする変わった女。そのくせ時折ふっ、と寂しげに笑う。
そんな変わり者に祖父は恋い焦がれ、彼女を守るためにと以前にも増して熱心に鍛錬を積んでいった。
だがそんな淡い恋もすぐに終わりを迎えてしまった。彼女が突然、戦死したのである。
勝利の色濃い、楽なはずの戦いだった。だと言うのに彼女は深い傷を負ってしまった。
それも名も無い兵士の刃によって。
その知らせを聞き祖父が走った先に、汚れた敷布に寝かされて呻く彼女がいた。
しくじった、と彼女は愉快げに吐き捨てて、自身の髪を一房斬った。

『この剣と、それを一緒に預けるよ』

出来る限り北の地で燃やしてくれ、剣は墓標にしてくれ、と彼女は言った。

『生きてみるって言ったけど……やっぱあいつがいない世界じゃ、意味ねーわ……』

彼女は最期にそう言って、自嘲気味に笑ったという。
祖父は彼女の亡骸を、故郷に送ろうとした。
しかし書類に書かれていた彼女の情報は、出自どころか、名前すら全くのデタラメであると判明した。
彼女がどこの誰であるのか死力を尽くして調べたが、結局今も名前すら分からないままだと、祖父は忌々しげに吐き捨てた。
彼女はその他多くの戦死者と区別なく、荼毘に付されてしまった。
戦乱のさなか、墓すら立ててやることはできなかった。

「だが私は……あいつとの約束を守らなかった……」

祖父は声を震わせ涙した。
彼女が最期に口にした、『あいつ』という誰かに祖父は嫉妬の炎を燃やした。
祖父には分かっていたのだ。あれだけの手練であった彼女が、戦場で散るはずがない。
彼女はきっとその誰かのせいで、惨めに死ねる場所を探していた。
それがきっと、あの、名もなき戦場の片隅だったのだと。
祖父はその誰かを、酷く憎んだ。
その誰かは彼女の心を最後まで奪っていった。だが自分には、これの形見が残された。
祖父はそう思い込み、ずっとずっとそれらを手元に置き守り続けてきた。
罪の意識に苛まれながら、どうしようもない憎しみを飼い続けてきた。
そうして年老いた今になって、憎しみが消え、後悔だけが残された。

「私はもう長くない……今朝、あいつが夢に出てきた……頼む、とまた言われてしまった……だが私にはもう、旅のできるような余力など、残されてはいないのだ……」

祖父は膝をつき、泣き崩れた。
それは英雄の残り香のつきた、非力な老人の姿そのものだった。
祖父はしわだらけの手で彼の手を握りしめ、頭を下げた。

「私が死んだら、お前が代わりに約束を果たしてくれないか。お前は私に似ず、剣を拒んだ……だからこそ、お前に最後の始末を頼みたい」

彼は頷くことしかできなかった。



それから時をおかずして、祖父はあっけなく亡くなった。
祖父の満足げな死に顔を、彼は今でも鮮明に思い出すことができる。
だから彼はここに来ざるを得なかった。
彼はここから更に連なる山々の向こうに目を凝らす。
北の空は奥にいくほど暗く、淀んでいた。
この世の北の、果ての果て。
黙視できないこの先に、魔王の住まう魔の城が聳えているはずである。
彼が立っているこの丘は、人間が踏み込めるギリギリの場所なのだ。
丘を下りれば、すぐ魔物の暮らすという森が広がっている。
ぶるり、と身を震わせる彼である。
一応、護身用の短剣は持ってきているが、武術の心得などないに等しい彼にとって、森は死そのものにしか映らない。
まったく、祖父の思い人も厄介な場所を指定してくれたものだ。
とはいえ意固地になってこんな極端な北を選んでしまったのは、他でもない彼自身なのだが。
彼は肩を竦め、背負った荷を下ろした。少々の旅支度と、護身用に及ばぬ古びた剣。
目的一つの旅は、このようにじつに身軽なものである。
さて、と彼は一息つき、荷物の底にあったマッチを取り出した。
この場で手早く、弔いを行うことにしたのだ。
包みを燃やし、剣を置いて去る。それで祖父の約束は果たされる。工程は単純だ。
しかしそこに込められた思いは重い。
彼は顔も知らぬ女に、冥福と謝罪をかるく祈ってから心をこめてマッチを擦った。

「あれ?」

しかし、簡単なはずの任務は思うようにはいかなかった。
マッチを何本擦ろうとも、一向に炎が生まれないのだ。
湿っているわけでもないし、これは来る途中新たに買い求めたものだった。
まさか質の悪いものを掴まされたのだろうか。彼は焦りにあせった。
ただでさえ場所が場所であるし、このひと箱しか持ち合わせていない。
もたつく手。そうしてついには最後の一本を、あっさりぽっきり折ってしまった。

「おいおいウソだろー……」

仕方なしに荷を漁るのだが、使い古しのマッチも、火打石すら出てこなかった。
まして彼に魔法が使えるわけもない。正真正銘詰みである。
頭を抱えてしまう彼だ。しかし拗ねていたところで始まらない。
彼は包みを懐に戻し、だらだらと荷物を片づけ始める。再度準備を整えるべく、丘を降りようとした。
そんな時である。
突風が彼を襲った。
轟、と咆哮を上げる風に揉まれ、彼は思わず目を閉じる。
しかし懐の包みだけは飛ばされてなるものかと、しっかり背を丸め、荷を抱えて風をやり過ごした。
しかしその風もすぐに収まることになる。
元の静けさが戻り、彼が恐るおそる顔を上げると。

「何をしている」
「うぇっ!?」

彼は最初、目の前にあるものを何かひどく恐ろしげな化け物であると認識した。
しかし何ということはない。
よく目を凝らし見るまでもなく、そこに立っていたのはなんの変哲もない人間の男であった。
黒い髪の大柄な男である。それが不機嫌そうに眉をよせ、彼のことを睨んでいた。
どこの誰とも知らない男。そんなものに敵愾心を向けられる理由に、彼はとんと心当たりがなかった。
呆然と見上げる彼を男は値踏みするようにじろじろと見つめていた。しかしすぐ、苛立ち露わに口を開く。

「こんな場所で何をしている、と聞いている」
「あ!? い、いえ、俺は別に怪しいものでは……!!」

男の眼には、深い懐疑の色である。
それを受け、彼は全力で弁明を開始する。
言われてみれば、こんな場所で剣を片手に火を起こそうとしている人間など不審者以外のなにものでもない。
森が少しでも焼けてしまえば人間と魔物の間で諍いが生まれかねない。
男が彼を睨むのも、きっとそうした危惧あってのことなのだろう。
そう予想をつけ、彼は洗いざらい全てのことを男に喋った。
祖父の約束、女のこと、包みの中身、剣について。
すべてを何かに急かされるようにして語りつくした。
男はそれを、相槌すら放棄して聞いていた。
眉を寄せたまま、漆黒の目で彼の示した包みを、剣をとらえていた。
そして彼が息を落ちつかせた時、男が声をしぼり出した。

「……火なら、私が出してやろう」
「本当ですか!?」

男が右手のひらを空に翳すと、そこには小さな炎が生まれてゆらめいた。魔法である。
おおー、と彼は軽い感嘆の声をあげる。男は彼に、左の手を差し出した。男の目は包みに落ちている。
彼は何の迷いもなく、男にそれを手渡した。旅先で出会った親切な人。
その好意に甘えるべく、祖父との約束を守るべく、彼は男に頭を下げる。
しかし男は、ただその包みを手のひらに乗せ、息すら止めじっと立ち尽くしていた。

「その……女の名は?」
「あ、ああ、偽名みたいですがえーっと確か」

彼が祖父から聞いたその名を告げると、男もそれを復唱した。
すると男は包みを握り締め、彼に背を向けるのである。
しばしの沈黙の後、男は包みを開くことなく、右手の炎で炙り始めた。
これは弔いの儀である。沈黙こそが望ましかった。

「いやあ、ありがとうございます。これで祖父もきっと浮かばれる」

しかし彼の口は彼の意に反し、男の背にとりとめもない言葉を投げる。
炎は包みをちろちろと遠慮がちに舐めていたが、次第にその勢いを増し、包みは音もなく炎に包まれた。

「じーちゃんは謝りに行くんだって言ってました。その女の人と、女の人の恋人だかなんだかに。あっちでその二人に土下座して、幸せになれよって祝福してやるんだって。まるで死ぬことを楽しみにしているみたいな口ぶりでしたよ」

おかしな話でしょう、と彼は苦笑するのだが、男はなにも答えない。
包みが灰となるまでに、それほど時間はかからなかった。
くすみ、濁った灰色は空に散らばり、すぐに飛ばされ消えてしまった。後には何も残らない。
彼はふたたび目を閉じ頭を下げる。と、そこに。

「じきに、雨が降る。早く行った方がいい」

男が彼に背を向けたまま、たった一言を投げかけた。
しかし空は依然としてどこまでも広く青かった。
彼はそれに何かを言おうとし、結局今度こそ口を閉ざすことを選んだのだった。
頭を下げ、剣を起き、そっと丘を後にした。
男もきっと、何か事情のある身なのだろう。
丘を下るさなか、彼はたった一度だけ振り返った。小さくなった男の背中は、震えているようにも見えた。
その日、たしかに弱い雨が降った。
彼はその後の人生で一度もその地を踏まず、またその男にも会うことはなかった。


人斬り狂人、魔王を討ち滅ぼした勇なる者、エリシア。
いくつもの顔を持つ彼女。真の名を、エリザベス・ラグナイル。
その最期を知る人間は、もはやこの世に誰一人としていない。





あれから、ずいぶんと時が過ぎた。

「?」

齢十の頃といった、可愛らしい人間の少女である。
それが薄暗い蔵の中をうろうろと歩き回っていた。
少女がそこにいることに、深い理由などありはしない。
ただ少し時間を持て余し、城をうろついているその内に、迷い込んでしまっただけのことである。
蔵の中には色々な物が詰め込まれていた。
埃をかぶった書物、邪悪に揺らめく宝石の数々、剣や槍といった武具、人の頭がい骨らしきもの。
少女は無造作に積み重なったそれらを見て回る。
つか、つか、つか、つか。小さな足でゆっくりと。
少女は口をかたくつぐみ、憮然とした表情を崩さない。青の双眸は年不相応に冷えていた。
そんなある時、少女の口から小さな悲鳴がもれた。

「……何、これ」

少女は床に落ちていた何かに躓いたのだった。
しゃがみ、それを手に取ると、どうやらひと振りの剣であると分かった。
しかし随分と古いものであるらしく、柄は錆つき、使えたものではない。
何だゴミか……。
少女は落胆しながらも剣を抜き。

「!?」

猛然と振り返った。
曇り錆びた刀身に、自分のものではない金色が、かすかに写りこんだように見えたのだった。
少女は息を殺し、周囲の気配を聴く。
しかしいくら探ろうとも、この場には少女一人しかいなかった。
気のせいか、と頭を振り、少女は剣を投げ捨てようとして。

「……ヴァネッサお姉ちゃん」
「はい」

代わりにその名を呼ぶ。
音も無く少女の傍らに現れたのは、赤い目をした異形の女だった。
メイド服に身を包んだ異形の女は少女に頭を下げる。
少女はそれに、剣を鞘におさめて突き付ける。

「これ」
「この剣がどうかなさいましたか?」

メイドは首をかしげつつも剣を受け取り、具合を確かめるように撫でる。

「使えるように、なるかなあ?」
「うーん……ジン様に頼めば、あるいは」
「わかった」

剣を返してもらい、少女はそれをまるで愛しい子供のようにして抱きしめる。

「気に入ったのですか?」
「わかんない!」

メイドの声を背に応え、少女はその剣を抱えたまま駆け足で蔵から飛び出して行った。
少女を見送り、メイドは微笑ましげに苦笑した。

「ですがあの剣……いつかどこかで見たような……」

しかしメイドは気のせいですね、と呟いて、少女の後を追うのであった。


(了)

コメント

コメントありがとうございます。
こちらの連載は本編、続編を再編成したものとなります。
続編に出てきた龍が連載におけるヴァネッサの位置です。特に重要ではありませんがw

  • 2013/12/22(日) 21:04:46 |
  • URL |
  • おつかい #-
  • [ 編集 ]

はじめまして〜

原案では主があの竜の子のようでしたが、小説ではヴァネッサですよね?このへんは異なる設定になってくるんですかねo(^▽^)o

  • 2013/12/22(日) 13:18:38 |
  • URL |
  • 通りすがり #R63KSl6.
  • [ 編集 ]

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