ブラック/クロスロード

魔王「今日も平和だ飯がうまい」の小説版。グロ注意。

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黒衣の章・序

黒衣の章・序
雨音は、さりとて理由になり得なかった。


霧のように細い雨である。
分厚い灰色の雲は瞬く間もなく移ろい変わり、その間から差す光の筋はまばらで細い。
湿り気を帯びた空気はあちらこちらにまとわりつき、土の匂いを際立たせる。
その上に風も少しばかり強くなってきたようで、空気すらも慌ただしく混ざりゆく。
小粒の斑点が刻まれつつある堅い大地は、静寂を乱す不粋な来訪者の足跡に涙しているようにも見えた。
これからそう時を置かずして、本格的に天気は崩れる事だろうと容易く予想のつく、見事なまでの一枚絵であった。

そして眼前に広がる樹木達はその予兆に勇み立ち、ざわつき始めていた。
さあ、さあ、と雨粒が枝葉を撫で掠め伝い落ちる度に、その全身を震わせ歓びを顕に踊る。
本来ならば彼らに水を遣る事は私の数少ない日々の仕事であるのだが、今日ばかりはお役御免のようである。
むしろ雨に晒されている今の方が、何とはなしに彼らの『生』をまざまざと見せつけられているようでいて、存外腹立たしくもあった。
植物に何を、と思われるやもしれないが、微々たる物事にすら所管を抱けぬ程になってしまえば、生きているとは言い難い。
私はまだ、そこまで落ちてはいないのだ。自己申告と言う、酷く頼りない論拠ではあるものの。


私は額に張り付く邪魔な前髪を掻き上げた。
滴る水滴を拭うべき袖は既にじっとりと浸されていて、重く肌にのしかかり鬱陶しい事この上無い。
かといってこの場──中庭には、雨を凌ぐべき屋根など皆無である。
園芸周り以外の物と言えば、私の掛ける一脚の椅子と、肘を付くためだけの狭い机。一人庭を眺めるためにと先日添え付けた一揃いである。
重みのある青銅色のこの二つは過度な主張をすることなく、ひっそりと庭の風景に溶け込み、早速私の気に入る所となった。
だが、本日になって雨風にどれ程耐えてくれるものかという、憂慮の種ともなってしまった。
天候が崩れる度にわざわざ覆いを被せてやるのも面倒だが、何か対策を講じねばならないだろう。
私はぼんやりとだが企みを巡らせる。依然として雨は私を叩き続けるのだが、重い腰を上げさせるほどの妨害とはなり得なかった。
雨に濡れる事と、庭を眺める事。その両者を天秤に掛け、後がないというただそれだけの理由により、私はこの場に留まり続けているのである。


……などと先程から回りくどくかつ冗長に、私の置かれてみた現状を表してみたところで恐ろしい程の暇を持て余していることは、最早隠匿不能なまでに自明のことであろう。
濡れ鼠となりながら、生に励む植物たちに取り囲まれて在るだけだ。その他私に仕事も使命もありはしない。
目的も、生きる意味さえも見失いながら、私は今日も漫然と生を持て余す。


「……ま! ……様!」

物思いに沈みゆく私に、雨音とは違う音が、突如として降りかかった。
驚きゆっくりと顔を上げて見れば、いつの間にかそこには知った顔だ。
傘を差し、息を切らせ佇むその姿は、どこに出しても見紛うはずのないメイドである。
彼女は一瞬だけ呆れたように目を丸くするのだが、すぐに私へ温かな微笑みを向ける。

「このような場所に傘も差さず……お体を冷やしてしまいますよ」
「気にするな」
「気に掛けることが、私達の仕事でございますから」

やんわりと言うのだが、そこには有無を言わせぬ何かが込められていた。
私が言葉に詰まっていると、彼女はそっと自分の傘を差し出した。
しかしそれでは彼女が濡れてしまうため、手を振り丁重に辞退する。
私の強情さをよく知るためか、彼女はそれ以上傘を勧めようとはしなかった。
その代わりに非難じみた視線を寄越すのだが、私は気付かない振りをする。

「もう……ジン様がお探しですよ。早くいらして下さいませ」
「……分かった、すぐに行く。気が向けばな」
「……」

溜息交じりの台詞にこう返せば、露骨に剣呑な眼差しが刺さった。
流石にこれは受け流せずやや怯んでしまうのだが、ごほんと咳払いしてやり過ごす。
何しろ私は、地位だけは安定であるために。

「そのような顔をするな。どうせどやされるのは、私だけだろうよ」
「そういうことではなくて……もう。私は知りませんからね、魔王様」

苦笑すら浮かべることなく、彼女は踵を返して去って行った。
聞き分けの悪い子供にするかのようなぞんざいな処置に、私は言い知れぬ虚しさを感じ……仕方ないものと諦める。

ジンの奴が呼んでいる。それはつまり私にとって、十中八九喜ばしくはない事態が待っていることを指す。
容赦なく指し示すのだが、いつしか雨は本降りでそろそろ意地を張ってもいられない。
強い雨粒を厭わず見上げると、漆黒には程遠い雲が空の全てを覆い潰してしまっていた。
太陽などこの世に元から存在しなかったかのように、最早世界にまともな光は無い。

私を取り囲む世界はこの通り、今日も今日とて重くて暗くて澱んでいる。しかし私は停滞を信条としているので、割かし望む所であった。

一息つき、ようやく私は重い腰を上げる。
そして怠惰を求める心身に鞭打って、自室に引籠るべく足を向けた。ジンの呼び出しは、今回もまた保留である。
どうせその内に痺れを切らして飛んでくるのだ。今放っておいたところで問題はない。



私の世界はこの通り、適度に淀んで心地よく、いつまでも変わらずに在った。
これはまだ、その日常が在ると思われていた、その頃から続く話である。
申し遅れたが、私の名はベルゼメトローム。
魔物の王座に在り続けるだけの、つまらない男でしかない。

テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

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