ブラック/クロスロード

魔王「今日も平和だ飯がうまい」の小説版。グロ注意。

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黒衣の章・9

黒衣の章・9
「腹は減っていないか?」
「ううん」
「体調はどうだ?」
「げ、げんき」
「何か欲しい物は?」
「……ううん」

負担にならない程度の世話をして書類整理から逃げようとする私の目論見は、こうして容易く瓦解する。
本日の子供は、まるで手が掛らなかった。
何を聞いても大人しく首を振るだけで、面倒を見せようとする気概が全く感じられなかった。
人質としては実に結構。空気を読んで、時によっては大人しく、時によっては程々に手間のかかる子供であればもっと結構であったのだが。
じっくりと見下ろし以降の反応を窺ってみるのだが、子供は私を見上げて居心地悪そうに縮こまるばかりであり、それ以上の反応を引き出すことは叶いそうにもなかった。
はーあと溜め息を吐けば子供は顔を歪め泣き出す準備に入るので、私はさっと目を反らす。
面倒は見たいが、ひたすら機嫌を取るだけの面倒は勘弁願う。
べそをかく子供を放って、書類を広げた机に向かうこととする。
ジンの思い通りに動くのは癪であったが、後でどやされる、または死闘を繰り広げるような事態は避けねばならない。単に面倒極まりないために。
勝利を収める自信がないわけではない。あのような雑魚、寝起きの運動がてら気軽に潰せず何が魔王か。
近日中に誠心誠意粘度の高い嫌がらせを続けた後に現世からの暇を出してやる。

「……何かあれば言え」
「う、うん」

子供にそう声を掛けてから、私は腐りながらもペンを取ったのである。


じっくりと書類に目を通し、真面目に添削した後にサインし積み上げる。
そのような作業を幾度もこなしていく内にペースは上がり、山の五合目までは取り崩すことが出来た。
書類の内容はといえば、魔物の軍整備や城の警備の強化、人材の割り振りなど実に多岐に渡っていた。
既にジンがチェックを入れているらしく、直すべき個所はほとんど見られなかった。
それを敢えて何故修正するのかと言われれば……怠惰の追及、これに尽きた。
私は目に付く数字などを適当に改竄していく。警備の人数を一割削減し、代わりにその分を厨房に回す。
またかなり遠方の魔物に助力を要請し、軍が整うまでの時間を稼ぐ……等などの小細工を地道に続けていく。
これらが及ぼす影響など微々たるものだろう。しかしそれらが上手く作用し合い、思わぬところから計画に支障をきたすよう賭ける他、私に残された抵抗の術は無い。
実に理不尽極まりなく後ろ向きな仕事ではあったが、自身の利に繋がるやもしれぬ仕事である。
集中が適度に続き、私は案外黙々と励む事が出来たのだった。ペンを滑らせ紙を捌く。
その繰り返しで生まれる音は微々たるものであり、静寂のアクセントとして上手く作用した。
心地よい静けさとこの調子の良さは、いつまでも続くものとすら思われた。
しかしそこに雑念が沸くのは、やはりと言うべきか、かなり早いのであった。
気付けば傍らに、例の子供が突っ立っていた。

「……何だ」

ちらりと目をやり声を掛けると、予定調和のように子供はびくりと震えて顔を歪めてしまう。
この反応は確かに新鮮で喜ばしいと感じたものだが、あまりに続くと飽きても来るし、鬱陶しくもなってくる。
早々と視線を書類に戻し、後は無視を決め込むことにする。だが、意外にも子供は言葉を続けるのだった。

「お、おしごと……なの?」
「ん? ああ、そうだな」

適当な相槌で返し、仕事の内容は伏せておく。
お前を餌に人間共を屠り尽くすための前準備だと教えてやれば、耳障りな大声で泣き出すような予感がしたためだ。

「……へー」

しかし帰って来た、どこまでも他人事である返答に、若干ながら私の不快指数は増すのであった。
お前のせいで私はいらぬ苦労を負っていると言うのに。
元を正せば父上のせいだが、死者に愚痴を垂れても仕方が無い。
じろりと睨むついでにと、私は子供に手を伸ばす。
身を強張らせた子供は逃げるでもなく、捕まるのは易かった。
そしてそのまま、左隣の椅子に置く。持ち運びに慣れたからこそ出来る芸当であった。

「よし。お前、暇だろう。少し手伝え」
「…………?」

びくついていた子供だが、私の言葉にまたも首を傾げる。
不要な紙に私の名前を書いて突き付けると、おずおずとそれを受け取り、そして今度は逆の方向に首を倒すのだった。
まるで出来の悪い機械のような単調な動きである。私は思わず吹き出してしまう。
そのためか、ますます意味が分からないと目を白黒させる子供であった。

「これが私の名前だ。この辺りの書類には、総じて最後の方にサインする場所があるだろう。この名前を書いていけ」

紙の次には、ペンを子供の前に転がしてやった。

「別に筆跡を似せる必要はないぞ。指摘されたとしても、疲れ果ててペンを持つ手が狂った、半分寝ていた等、後でどうとでも言える」

果たしてそれで仕事が完了したとみなされるのかは不明であるが。
しかし私がこうして書類に向かっているというのに、隣で暇そうにされるのも癪だった。
どうせなら子供にも何か仕事を与え、そして私はその出来に難癖を付けつつ、息抜きをしようと考えたのだ。
案外な名案であるかと思われた。何しろ子供は私の言いつけは全て守るので、私が書けと言えば大人しく、今にもペンを持ちすらすらと……。

「……どうした」
「ごめんなさい……」

思惑は見事に外れることとなる。
何故か子供は俯き、何とかそうとだけ謝罪の言葉を呟くと、静かに啜り泣きを始めたのであった。
最早吐く溜息すら残ってはいなかった。先程のように面倒が掛らないと思い油断をするとこの様だ。
全くもって理解しがたい生き物である。相容れない。面倒臭い。
しかしながら書類との別離にはうってつけの理由であった。
文字を追うことにも飽きていたので、何とはなしに子供に構うこととする。
泣き止めと怒鳴りつければその一瞬で終わる用件であるやもしれず、なるべく穏便に切り出す私だ。

「何故泣く」
「ひっく……あ、あの……う」

子供は何度もしゃくり上げ、その度に言葉を詰まらせた。
時間だけが無為に過ぎ行き、それでも私は辛抱強く続きを待った。
しかし流石に限界かと思われる、その直前程になってから、ようやくたった一言だけが子供の口から沸き出した。

「よめない、から」
「ああ、成程」

あっさりと頷く私であった。まあ仕方が無いだろう。短い付き合いだが、子供はそれほど頭が良いとは思えない。
まして私の片手で綺麗に収まるような小さき頭の容積では、文字を巧みに操ることなど至難の業だ。
おずおずとこちらを見上げる子供から、一度は渡した紙をさっと奪う。怯える子供を放って、私はそこにさらさらと文字を書き連ねていった。
何と言うことは無い。単にこの世で使われている言語の文字を、頭から尻まで、順に従い並べただけのことである。
幸いにも我ら魔物と人間達では、使う言葉に大きな差は無い。

「では文字から練習だな。ほら、この順に文字を写していけ」
「う、うん」

再度紙を押し付けると、子供は大人しくそれを受け取った。
しばらくぼんやりと並ぶ文字を見つめていたが、私が急かすと慌ててペンを握り、手本の下に書き記し始める。
じれったくなる程ののろさではあったが、文字を追い紙を睨むその目は何か鬼気迫るものを感じさせるものであった。
つまり声を掛けからかう隙を与えなかった。仕方なく、私は書類を片付けることで子供の仕事完遂を待つのであった。

「できた」

数枚ほどに目を通し終わった後、子供が小さな声を上げた。
「どれどれ」と手を出し催促すると、従順にも仕事の成果が手渡される。
紙には歪な文字が並んでいた。私の書いた通りの順ではあるものの、何文字かは線が一本多かったり少なかったり左右が逆であったりと、間違いの数は相当なものであった。しかしそれを怒る気になどならなかった。
怒る代わりに、私はそれらを簡単に直してやってから、もう一度と突き返す。
すると子供は大人しく頷き、再び紙に向かい始めた。
それを何度か繰り返している内に私もいつしか本業そっちのけで、子供のたどたどしい筆運びを見つめているのだった。
子供が読み書きに不自由するからと言って、それで私に何かマイナスを与えるとも思えなかった。
むしろ不得手である方が、この通り。私への軽くて時間を割く負担は増すばかりで、願ったり叶ったりである。
幾度目かの繰り返しの後、ようやくなんとか見られるものが完成した。
訂正の代わりに大きく丸を付けて返してやると、子供は大きく目を見開いた。
恐らく驚愕の色であったと思うのだが、それはすぐに鳴りを潜めることとなる。
何しろ紙と私の顔とに代わる代わる目線を移し落ち着きを無くす子供があまりに鬱陶しく、思わず私が掛けてしまった言葉によって、全く別の物へと変貌を遂げてしまったために。

「何を気にしているんだ。今回はよく書けていたぞ」
「ほんと?」
「ああ」
「……うん」

薄くはにかむ子供に、私は特に何の感慨も抱かなかった。
ただ、この時間が無駄にならなかったことに対してだけ、まあまあ悪くは無いと感想を抱くに止まった。


次は私の名前を訓練するよう言いつけると、子供は飛びつくようにペンを取った。
そして何がそんなに気に入ったのやら。
単に文字を書き記していた少し前とは雲泥の差の上機嫌を見せ作業に励むのだった。
はにかみはこの上もない笑顔に進化し、私が許せば恐らく鼻歌すらも漏れるであろうといった体たらくである。
上機嫌の理由はよく理解できぬままであったが、支障無いので私は文字を見守るだけだった。
子供によって、私の名前が紙に何度も何度も刻まれた。
時折間違えることもあったが、その個所を指し示してやれば何も言わずとも、次に子供は正しい文字を並べることができた。
そうしてしばらくすれば、無事に私の名前を書けるようになるのであった。
しかし子供は書くことを止めようとしなかった。何故かと聞けば覚えるのだと返って来た。
おおよそこの世に生きる者全てにとって、最も忌むべき文字列であろう私の名に対してこの返答である。
あまりに惜しい子供の頭がそろそろ本格的に哀れになってきたため、私は放置を決め込むことにした。
それを許しとも、子守の一種とも取ったのだろうか。
子供はますます表情筋を弛ませながら、順調に紙を私の名前で埋めていくのであった。

「……飽きないのか?」
「あきない」

そして気付けばその裏表は私の名前で埋め尽くされた。
よくもまあこれだけ書いたものだと呆れてやると、子供は誇らしげに一つこくりと頷いた。別に、褒めたわけではない。
しかし自分の名とはいえ、こう幾つも幾つも不規則に下手な字で綴られると酷く不気味なものである。
この紙だけで簡単な魔除けくらいにはなるかもしれない。
魔除けの駄目押しにとばかりに、魔王手ずから紙全体に渡る大きな丸を付けてやり、隅に署名を入れてやる。
すると子供ははっと息を飲むのだが、どうやら不服というわけでもないようだ。

「ありがとう」
「……何がだ」

しばらく紙と睨み合った後、目を輝かせて私に礼を言ったので。
陽の光もかくやあらんと言わんばかりに澄み瞬くその青は、私にとってどうしても直視に堪えない物であった。
恐らく魔王が受けるものとして、相応しくはない色だったからだろう。
私は鷹揚に手を振り受け流すことにする。
仕事に戻り疲れるべきか、このまま子供を構い続け疲れるべきか。
どちらも変わらぬような気さえして、私は何を書くでもなくペンを握り……ふと子供に尋ねてみるのである。

「そうだ、お前の名は何と言う?」
「え……」

それまでの満悦の体はどこへやら。瞬間、子供の表情が凍り付いた。しっかりと俯き、震えか細い声で子供は自身の名を絞り出すのだが。

「エ……エリ、ザベス」
「ふむ。そうか」

確かに、そのような名前だった。新聞に書かれていた、姫の名は。
気付けば私は一旦その名を手近な紙に書き切り、しかし子供に見せることなく丸め、離れた屑入れに放っていた。
何故そうした行動を取っているのか、私自身にも分からぬままに。

「わ、わー……」

見事屑入れへと吸い込まれ、ぱちぱちと控えめな拍手が鳴る。
『お前の、本当の名は?』と問うてしまう前に、私は子供の頭に手をやって、がしがしと乱暴に撫でていた。

テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

>水無月さん

本当の名前はあと数ページくらい先で判明させようかとーそして露骨に可愛がり始めるとか。
歩み寄りデレをじっくり書いていきたいですww


>ななしさん

久々の更新ですみません…!
まったり続けていきますので、今後ともよろしくお願いします!

  • 2011/02/27(日) 01:27:02 |
  • URL |
  • おつかい #-
  • [ 編集 ]

更新キター!
ずっと待ってました!

  • 2011/02/26(土) 09:27:41 |
  • URL |
  • #-
  • [ 編集 ]

偽物の名前なんてゴミ箱にポイッ ですねー。
魔王様の方がデレてきたのだわw

  • 2011/02/25(金) 11:28:36 |
  • URL |
  • 水無月 #-
  • [ 編集 ]

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