ブラック/クロスロード

魔王「今日も平和だ飯がうまい」の小説版。グロ注意。

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黒衣の章・25

黒衣の章・25
ある日のことだ。
私は机に向かい書を紐解き、エリシアはソファで絵本を読んでいた。
文字を教育し、読み聞かせをせがまれる度に渋々読んでやるという根気が見事に実を結び、エリシアは簡単な文章であれば楽に読み書きができるようになっていた。
最初は頭の悪い生き物であると判じていた。
しかしこれがどうして飲み込みが早く、聞きわけも抜群に良いときた。
目の届く範囲に置いておけば、ある程度放っておいてもまるで問題がない。
なので、ここ半時間ほど、私たちの間に会話はない。
エリシアはでたらめな鼻唄をうたいつつ、左右にゆらゆらと揺れたままだ。

「はあ……」

書を閉じ、これ見よがしに意味のない吐息をこぼしてみる。
しかしエリシアは止まらない。無反応とはいい度胸である。
どうやらひどく機嫌がいいらしい。
ただし絵本を前にしているはずが、ページをめくるテンポはかなり遅かった。
何をやっているのだろうか。ここからでは、エリシアの頭しか見えない。
私は仕方なしに重い腰を上げ、後ろから、ひょいとその手元を覗きこんでみるのだが。

「……こら」
「わ」

本の上を滑るエリシアの手を、指で軽くはじいてやる。
すると目を白黒させながら振り返り、私の顔を確かめめて、にこりと笑うのだった。
前のテーブルには色とりどりのクレヨンが散らばり、その下には、見るも無残に落書きされた一冊の絵本が広げられていた。恐ろしげな怪物が、とある人間に襲いかかる様子を、少しの緊迫感をはらませコミカルに描いたページである。
しかしその人間には、赤で塗り潰された上、大きな×がつけられていた。
その光景は私に少なからずのショックを与えた。こいつは適当なように見え、物を大切にする性分であると思っていた。
悪戯と言えば可愛いものだろう。しかし、諌めない理由になりはしない。

「本を汚すな。絵が描きたいのなら他の紙を使え」
「……ちがうもん」
「何が違うんだ」
「このほんじゃだめなんだもん」

うー、とエリシアはふくれっ面を作り、私にくだんの絵本を手渡した。
また誰ぞから与えられたものらしく、初めて見るものだった。
ぱらぱらとめくれば、最初のページから、先ほどまで開かれていた終盤に至るまで、同じ人物にだけ似たような落書きがなされていた。
どれだけ小さく描かれていようと、それは例外ではなかった。こいつはおかしなところでマメである。
呆れ、私は絵本でエリシアの頭をかるく、本当にかるく叩いてやる。
しかしエリシアは反省するどころが、憤慨あらわに拳を握り、私に訴えかけるのだ。

「だって、だって、だめなの!」
「何が駄目なんだ」
「このほんね、ゆうしゃっていうおとこのこが、わるいまおうをやっつけるおはなしなんだよ」
「それはそれは……うむ」

誰だそんなものを与えたのは。嫌味か。
しかし子供向けの物語であれば申し分ない題材だ。
特別な背景など存在せず、魔王とそれを討つものという立ち位置は、問答無用の悪と善として誰の目にも映ることだろう。
しかし、絵本も相手が悪かった。

「だから、ゆうしゃをやっつけるの。もぉちょっとだから、かえして」
「お前なあ……」

言ってのけるエリシアの目は真剣そのものであった。
だがまあ、そういう事情ならば致し方ない。
私は大人しく絵本を返してやって、再び仕事を始めたその隣に腰を下ろすことにした。
エリシアは上機嫌で絵本の中の男を塗りつぶしていく。私はそれを、黙って見つめているだけだ。
時折髪を指先で梳いてやれば、甘えるように頭を寄せてきた。
そういえば。

(あの人間は、一体どうしたものかな……)

先頃我が城に忍び込んだ鼠の内、辛うじて生き残した一匹の処遇を、そういえばまだ決めていなかったなと思い出す。
ズィーベンに処置を任せているので、きっとまだあの薄暗い地下牢で生き永らえてしまっていることだろう。
死骸のうち、肉の塊の方は使い道がないということで、あの国――エリシアの元いた国である――に投げ捨ててくるよう命じておいた。
ささやかな宣戦布告というものである。

さてさて、ならばあの死骸のなり損ないはどのようにして使ってやろうか。
私はエリシアを撫でながら、その顔をそっと窺った。
作業に夢中であるものの、とても楽しげで、何の心配もなさそうに緩みきったその笑顔。
出会ったあの日、人間たちとの面倒があったあの夜。
怯えた目をした、取るに足らない生き物の片鱗はどこにも見られない。
しかし、あれもおそらく、エリシアが内の奥底に秘めている一部なのだろう。
私はそれに触れ、掬い上げ、捨て去ってやることができずにいる。
そのような義務も必要性も無いのだが、ひどくもどかしく、またエリシア自体を忌々しく思う。
お前は今、私のことをどう思っているのだろうか。
自身の命を握る悪しき者か、あらゆる餌を与える飼い主か、それとも。

「ふーふんふー」

エリシアが歌う調子外れの鼻唄は、どうやら魔物の間では有名な子守唄の一つである。
ヴァネッサ辺りが教えてやったのだろう。気持ち良さそうに同じフレーズをくり返し、くり返し口ずさむ。
くだらぬ思考をかき消すために、その歌に乗ってやった。
するとエリシアは一瞬だけ驚いたように私の顔を見上げたが、あとは更なる上機嫌を披露しながら、最後のページまでをしっかりと塗りつぶし×をつけていった。
エリシアは最後に、読めたものではないぐちゃぐちゃの絵本を、頭からしっかりと確認する。
そうして出来あがった、落書きだらけの絵本。
私はそれを頂く代わりに、当人をつまみあげ、膝に置いてやることにする。

「これで、まおうさんがゆうしゃをやっつけたの」

エリシアはにこにこと笑う。
そうかそうか、と頭を撫でてやれば、猫のような悲鳴を上げて私の胸に顔を埋めた。
私は思わず息を詰まらせる。獲物の腹に食らいつく、小さな獣を幻視した。
しかしまあいい。食い破るというのなら、お前の好きにするといい。
私はエリシアの耳元に唇を寄せ、噛み付くように嗤ってやる。

「だが……勇者とやらを倒してしまったのはエリシア、お前だろう」
「あ、えーっと、えーと……ま、まおうさんのかわりにやっつけたの!」
「はっ、お前なんぞに、私の代わりが務まるものか」
「つとまるものなの!」
「よく言う。よく言うよお前は」

私の喉から漏れ出る低い笑いはとめどない。エリシアもからからと笑う。
ここ最近の日々は、私たちにとってひどく穏やかなものであった。

毎日を無為に潰し、食事をして眠るくり返し。
以前と幾分も変わらぬ循環に、しかしエリシアという因子が加わることにより、まるで別物と化している。
私は最早これを手放す気を欠片も持ち合わせてはいない。エリシアも私の手元を離れる気は毛頭ないときた。
ならばもう、いっそ行くところまで悲惨な死を与えてやるのが、魔王が愛したものへの手向けというものだろう。
ぼんやりと、私はエリシアを撫で続けていて、しばらくが経った。

「邪魔するぞ」

ノックも疎かに、部屋の扉が開かれる。
しかし首をやるも面倒くさい。
私は動じず無視を決め込むが、胸のエリシアは音にぴくりと反応し、私の肩越しに侵入者を見やるのだった。

「ジンと、ヴァネッサおねーちゃんだ」
「おう」

応えるジンの声は、少々の緊迫をふくんでいた。
足音が二つ分、ゆったりとした速度で私の後ろについた。さすがにそこまで来ると、相手をせざるを得なくなる。
私はエリシアを抱いたまま立ち上がり、二人に向かう。
ジンはいつもの軽薄な笑み、ヴァネッサは優しげな笑み。いつもの、それぞれの顔である。
そのため私は、来るべき日がついに訪れたのだと気付くのである。

「話がある」
「……急だな、何の話だ」
「まあ待て。おい、ヴァネッサ」
「はい」

ジンが促すと、ヴァネッサが一歩前に出た。
彼女はエリシアに両手を差し伸べて、にこりとして語る。

「姫様。これから魔王様はジン様と、とても大事なお話があるのです。ですから私と共に、お部屋に戻っておりましょうね」
「……っ」

エリシアは何も言わない。いや、何かを言おうと、息を飲む気配がした。
しかしいくら待ってもその息が音として練り上げられることはなく、エリシアは大人しく頷いた。
私は何を言うでもない。そのままエリシアを、ヴァネッサに預けてやった。
部屋を出ていく際、エリシアはただ断頭の時を待つような潔さだけを纏わせながらヴァネッサの胸に顔を埋めたまま、私の方を見ようともしなかった。

そして、部屋には私とジンが残される。
私は執務机に腰をおろし、ジンには掛けろと言ってみるのだが、やつは頭を振るだけだった。
軽薄な笑みは、いつしか曖昧なものへと変わっていた。
じっと睨んでみているとジンは深いため息を吐き出す。
そして胸元からぐしゃりと折り畳まれた紙を取り出し、それを私の机の上に、バンッと叩きつけるのだ。
私は顔を顰める。ジンはゆるく苦笑する。

「今朝方、あの国が声明を出しやがった。『魔王に攫われていた幼姫の亡骸が見つかった』ってな」
「……そうか」

紙を広げると、どうやら人間の新聞のようであり、ジンの言葉の通りの文字が並んでいた。
巨大な竜が城に降り立ち、無残な姿の姫君を置いて北に飛び去った。
しばらくは国を上げて喪に服し、二度とこのような悲劇が起こらぬよう他国との連携を図り魔物の対策を進めていく行くつもりである。
おおむねそんなことが書かれてあった。
私がそれに目を通し終わるのを待ち、ジンは冷たくせせら笑うのだ。

「確かに俺はヴァネッサに、いらねーゴミを捨ててくるように命じた。
だがいくら原型を留めてねえといって、あの死骸は人間成体の大きさだった。それをガキと間違えるはずがねえ」
「つまり人間達はあいつを諦めたと」
「見殺しにしたと言え」

あーあ、とジンは気の抜けたような声を上げ、私の机に腰掛ける。
その無礼を咎める気にもなれなかった。


この展開を予想していなかったわけではない。
エリシアが偽物の姫である以上、あちらの国の人間たちには庇いたてる限度があるはずだ。
いや、もしかすると最初から取り戻す気など欠片もなかったのかもしれない。
ただ大勢の目の前で大きく事を起こされたため、適当に処理する前に噂が広まり、引くに引けなくなっただけか。
何にせよ、エリシアは使い捨てられた。ただそれだけだ。
私は手の中の紙を丸め、どうしたものかと思案する。紙だけではない。今日から、私はどうすべきなのか。

「やっぱり、あのガキは贋物だったか」

私ははっと現実に引き戻される。
見ればジンが机にかけたまま、首をひねって私の顔を見つめていた。
目が合い、にやりと意味ありげにジンは笑う。私は目を覆うばかりであった。

「……気付いていたのか」
「俺だって魔王軍高位の一端だ。力の有無くらい見てりゃ分かる。
お前が何にも言わねえもんだから、まあいいかと放ったらかしといたまでのことだ」

お前も楽しそうだったしなあ、とジンはぼやく。

「だがまあ、ちょっと俺なりに調べてみた」

それからジンは私に背を向けたまま、訥々と語り続けるのであった。

「あの国は歴史こそ長いが、ここ数年国力の衰えが顕著だったようだ。
デカい天災に何度も見舞われて、物が不足し仕事もない。他の国に移る人間も少なからずいたらしい」
「……」
「で、そんな時に周りから攻め込まれちゃたまらねえ。そういうわけで隣国と同盟を結んだ。
経済支援を申し出て、そのついで、そこの第一王子と末の娘との婚約が決まった」
「よくある話だ」
「だが、その後で一度その娘が流行り病で表舞台から姿を消す。
ひと月後くらいにゃ普通に出てきたらしいがな。今から半年ほど前の話だ」

その時だろうか。入れ替わったのは。
私は椅子の背もたれに、重い体を預ける。椅子が軋み、ぃい、と血糊のような粘つく空気が引き裂かれた。
机を降り、ジンは背伸びをしてうめく。窓の外に広がる曇天を見上げるその背は、何故か晴れがましげに見えた。

「で、どうすんだーベル。あのガキ。もう用はねえ。喰うも殺すもお前次第だ」
「そんなもの……決まっているだろう」
「ああそうだな。決まってるか。まあ、好きにしろよ」

魔王様の御心のままに、とジンは振り返ることもなく私に言の刃を投げた。

テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

>αさん
ありがとうございます!わりと原案ままですが、頑張ります!

  • 2012/02/15(水) 00:11:21 |
  • URL |
  • おつかい #nAPy1gFE
  • [ 編集 ]

先が楽しみです!
頑張って下さい。

  • 2012/02/14(火) 20:26:13 |
  • URL |
  • ななしα #-
  • [ 編集 ]

>B
先の展開分かるとかお前…エスパーか?(; ・`д・´)
頑張ります!とっとと後編行きたい!

>3
ほのぼの親子を目指しつつシリアスにいきますよ!

  • 2012/02/07(火) 00:59:35 |
  • URL |
  • おつかい #nAPy1gFE
  • [ 編集 ]

あーかわいい。
えほんよんでるエリシアかわいい。
髪を漉く魔王さまかわいい。
(*´Д`*)

  • 2012/02/04(土) 22:12:03 |
  • URL |
  • ななし3 #-
  • [ 編集 ]

2828→( ゜Д゜)←今の心境

何この可愛い生き物(*´Д`*)<ホシイ

しかし、いよいよこの日が来ちゃたかって感じですね
先の展開はわかっ…( ゜Д゜)ゲフンゲフン
どうなるかわからないけど、毎回たのしみにしてるんで最後までガンバ(`・ω・)b

  • 2012/02/04(土) 13:03:58 |
  • URL |
  • 名無しB #-
  • [ 編集 ]

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