ブラック/クロスロード

魔王「今日も平和だ飯がうまい」の小説版。グロ注意。

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黒衣の章・26

黒衣の章・26
(黒衣の章 完)
あの時、エリシアと初めて顔を合わしたあの夜に。
私は今と同じような感慨を抱き、同じようにこうして扉の前に立っていた。

「……」

見慣れた、開き慣れた扉である。
あれからたったひと月だ。
私がこれまで無為に生きてきた百と数十年という歳月を踏まえれば、ほんの僅かな時間である。
しかし濃厚に熟した葡萄酒のような時間でもあった。
道を見失い迷い惑って生きていた私を、更に酔歩せしめたこのひと月。
私は何を得たのか。何を奪ったのか。何を踏みにじり、弄んだのか。
そうした全てを直視して、清算を行わなければならない。
だから私はこのひと月で初めて、扉を三度軽く叩いた。
返事はない。

「入るぞ」

ゆっくりと取っ手を回し静かに扉を押す。
すると生じた隙間から、すぐそこに、予想通り、エリシアが深く俯き坐しているのが見えた。
不相応に鮮やかなその金色を目にしてほんの一瞬だけ、私はその手を止めてしまう。
しかし扉は開かれた。元に戻す術はない。
私はため息すら飲みこんで、その扉を開ききった。エリシアは顔すら上げず微動だにしない。
そうして踏み込んだエリシアの部屋である。
庭に面した大きな窓には厚いカーテンが引かれ、部屋の中は暗くてやけに冷えている。
私は硝子細工を扱うようにエリシアを摘み上げ、抱いて頭をそっと撫でてやる。
エリシアは私の手に何の抵抗もせず、また甘えることもしなかった。ただ私の胸に顔を埋めたままである。
人形のような、死骸のような、つまらない生き物になり下がったエリシア。
それを投げ出したい衝動をぐっと堪えて、私は冷えた体を摩ってやった。
そのまま私は部屋を歩き、カーテンに手をかけさっと引く。しかし部屋の暗さはさほど変わらなかった。
ジンと語らいあった先ほどよりも空は落ち、窓から見える中庭の土には黒い斑点が刻まれ始めている。
窓一枚を隔てて外では、風が葉や花弁を従い舞い遊び、轟と悲鳴を上げていた。
今夜はきっと嵐になることだろう。
私は窓の外から視線を外し、部屋の中をざっと見回してみる。
エリシアを連れて戻ったはずのヴァネッサの姿が、やはりどこにも見られない。

「ヴァネッサは……」
「おしごと」

私のぽつり、と漏らした独り言に間を置かず胸のエリシアが応えた。
ぎぢ、と歯車の軋む音がした。私の耳にはそう届いた。
見下ろせば、エリシアのつむじがそこにある。エリシアは私に顔を見せないまま。

「……さい」
「エリシア」
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん、なさい……」
「……エリシア」

つかえながら、震えながら、エリシアはひたすらにその言葉を繰り返した。
謝罪ならエリシアではなく、この私がなすべきことである。私はそれを黙れと一喝し遮るだけでよかった。
だが私はエリシアの名を呼び頭を背中をさすってやるばかりで、他に何を言うでもなくエリシアの他の言葉を待った。
寝台の上に腰を下ろし、本格的に降りだした雨の音とエリシアの啼く声とを聞いていた。

「ヴァネッサ、おねえちゃんが、ね、いってたの」

次第にエリシアが、謝罪以外の言葉を口にし始める。

「ああ」

私はエリシアを潰してしまわないように注意しながら、抱いた腕にほんの少しだけ力を込めた。
雨の音に掻き消されそうなか細い声で、エリシアは続ける。

「エリシアは、い、いらなく、なった、って」
「……そうか」
「ま、魔王さ、さまが、エリシアを、き……きめて、く、くだ、さる、からって……!」
「エリシア」

ついにエリシアは嗚咽を上げて泣きじゃくる。

「ごめんなさいエリシアで……エリザベスじゃなくて、おひめ、さまじゃなくて、ごめんなさい……
 エリシアは、エリザベスじゃないの。おしろに、かってもらったの。しんだおひめさまに、にてるからっ、て」
「……そうか」
「ここはエリシアがいちゃいけない、おしろなの、わかってた……
 エリシアはエリシアじゃなくて、エリザベスで、ちゃんとエリザベスじゃなきゃ、ここにいちゃいけないって、わかってた」

いまいち要領を得ないエリシアの言葉の数々。
私はそれらをひたすらに、耐え忍びながら聞いていた。
何の変哲もない、天涯孤独な身の上の、単なる影の顛末だった。
しかし今更そうした事実がエリシアの口から語られたからといって、私が驚く理由はない。
元より影であることなど承知の上だ。
むしろこの状況の全てが予想の内である。
ただ予想と異なるのは私の胸に根付いたものである。

「でもまおうさんだけが、エリシアって、よんでくれて……だから、エリシアは、エリシアは、あの、ね」
「ああ……」

だが私はそうした心の内を包み隠し、エリシアにろくな言葉をかけてはやらない。
私の舌は口腔内に張り付いたまま、ろくに震えることもない。

「エリザベス、って、うそ、ついて、ごめんなさい……で、でも……だか、ら……おねがい、します……
 ま、まおう、さま、え、エリシアのことを」
「もういい……」

そうして絞り出した私の声に、エリシアはあからさまに息を詰まらせ凍り付く。
エリシアは私を好いていて、畏怖していて、その均衡は酷く危ういバランスの上で成り立つものだ。
私は人間達との謁見の夜に見せた、エリシアの怯えきった表情を思い起こす。
あのように忌々しい陰をエリシアに落としてしまいたくはない。
私はあんなものを、もう二度と目にしてしまいたくはなかった。
どうしてそう思ってしまうのだか、定かではない。だが私は望まない。それだけで十分だった。
だから私はエリシアのその天秤を、下劣なやり方で私の方に引き下げる。

「エリシア……お前は偽物で、それ故に国に廃てられた。そうだな?」
「あ……う、う……」

エリシアはぎこちなく頷いた。
私はその頭を優しく撫でながら。

「そうか……偽物か……知らなかった」
「ご、ごめ」
「謝ることはない。間違えたのは私達の方だ」

髪をくすぐるように梳き、その耳に堕落を囁くのだ。

「国に帰りたいか?」
「……」

エリシアは首を振る。
そうだろう。そうだろう。
お前はここに来てから、ただの一度も国を懐かしみ帰りたがる素振りを見せなかったものな。
今更その気も変わるまい。
私は果報の笑みを口角に滲ませながら言う。

「なら、お前はここにいろ」
「え」

エリシアがたじろぐが、私はまだその体に自由を与えない。
しかと抱きしめたそのままで。

「お前は用済みとなり、国に棄てられた。それを拾い、生かすも殺すも私の自由だろう」
「あ、の」
「虜囚でもなく、奴隷でもなく、客人でもなく……エリシア」

そうして私はエリシアの顎をつまみ、無理やりにその顔を上げさせる。
涙と洟水にまみれエリシアの顔は酷くみすぼらしい。
泣き腫らした目の中で、私の愛する空色だけが変わらない。
そこにはほんの僅かではあるが光が湛えられている。

「お前は今日からこの城の一員だ」
「……!」

エリシアが目を見張り、息を呑む。
そしておずおずと私を見つめて口を開き。

「まだ、いても、いいの……?」
「勿論だ。ずっといろ」
「な、なんにも、できない、よ……?」
「お前はすぐに字を覚えただろう。きっと何でも、できるようになる」
「エリシア……で、いていいの?」
「エリシアだけがいていいんだ。どうせ私には妻も子もいない。
 そうだ、城に住むついで、魔王の子にでもなってみるか?」

ふと浮かんだ思い付きを口にすると、それは案外に名案であると思われた。
調子付いた私はエリシアの涙を拭ってやりながら、私はひたすらに語りかけた。

「これからは好きに城を歩き回って構わない。いつでも庭に連れて行ってやろう。花の世話を手伝ってくれ。隠れ、何だ、あれも毎日付き合ってやる。毎夜同じ場所で眠ろう。好きなものを食べさせてやるし、菓子も毎日出してやる。ジンも、ヴァネッサも、ズィーベンも、他の魔物たちも皆お前のことを受け入れてくれるはずだ。いや。どんなことをしてでも、受け入れさせる」

エリシアは呆然とした顔で私のことを見つめていたが、次第にその顔が輝き始めた。

「城も、庭も、全て私とお前とで分けようじゃないか。お前が欲しいと言うのなら、私はこの世界だって手に入れてみせる」

そして私はニヤリと言う。

「なあ、私の子」
「うん……!」

エリシアは顔を輝かせ、力強く頷いた。


私はお前が影であることなど知る由もなかった。
その事実を知った上で、利用しようともしなかった。お前の命を弄びもしなかった。
私が悪意を向けたのは、元のエリザベスという姫だけだ。
お前に向けたのでは、決してない。
私は戯れに巡り合ったお前を気に入り、廃てられた所を拾い上げ、救ってやった。
私はお前を端(はな)から愛し慈しんでやり、そうしてついには救い主となった。それだけだ。
そういうことに、しようと思う。


私はエリシアを抱いたまま、寝台から腰を上げる。

「さあ、行こうかエリシア」
「ど、どこに?」
「まずはその顔をなんとかして、それからジンに会いに行こう。何かと用意するものがあるだろうからな」
「わ、じゃ、じゃあね、ズィーベンのところも」
「あいつは……まだ寝ているだろうよ」

起きていたとしても、会わせるのはかなり気が進まないのだが……。
しかしエリシアはきょとんと首を傾げて言う。

「もうすぐおきるよ?」
「何であいつの生態をお前が知っているんだ。とにかく、また今度な」
「えー……」
「我儘を言ってくれるな」

不服そうに口を尖らせるエリシアの頭を撫で、額にそっと口付けてやる。
くすぐったそうに身をよじり、ほのかな笑い声をもらすエリシア。
そうして私の首に抱きついて、一つばかりのため息をこぼしてみせてから。

「ありがとう……」

私はエリシアを抱きしめることで、返事に代えた。





生きることに倦んだ魔王と、少女。
彼らはここから交錯する。

(⇒交差路の章)

テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

>2-Muchさん
行きつく先を短編等でせこせこ書いていきたいです。ようじょの尻に敷かれる魔王とか!素敵!

  • 2012/03/23(金) 00:18:08 |
  • URL |
  • おつかい #nAPy1gFE
  • [ 編集 ]

ああ

デレもここまで行くと、何と言うか……

もう行き着く果てまで行ってしまえば良いと思うよ!!!

  • 2012/03/22(木) 00:25:31 |
  • URL |
  • 2-Much #-
  • [ 編集 ]

>林田さん
出たなエリシアの婿志望!!
お義父さんすげー図体デカくて幼女に手出すとブチ切れますがそれでもよければ!

>ななし3さん
歪んだ親子です書いてて楽しい!
SS本もお買い上げありがとうございます!こっちで宣伝するの忘れてたのに…!(*´∀`*)

  • 2012/03/17(土) 00:16:44 |
  • URL |
  • おつかい #nAPy1gFE
  • [ 編集 ]

ふおおお。エリシアいいこー!
魔王様すばらしい!!

ついでに
SS速報VIP傑作集 勇者と魔王篇
買いました!

  • 2012/03/16(金) 15:30:29 |
  • URL |
  • ななし3 #-
  • [ 編集 ]

エリシアちゃんを抱えて立ち上がったあたりからもう何と申しますか……お義父さんとセットで欲しいです。

あああエリシアちゃん今日も可愛い……結婚して下さい……

  • 2012/03/16(金) 03:19:28 |
  • URL |
  • 林田 #-
  • [ 編集 ]

>鮮魚さん
いい話っぽいのによく考えたら色々ヤベェ…ってなるのを目指しました!結婚して後半がアレだよ!

>まおさん
キュン頂きましたありがとうございます!人間にとってははた迷惑この上ないほのぼのが書きたい!(*´∀`*)

  • 2012/03/16(金) 00:13:45 |
  • URL |
  • おつかい #nAPy1gFE
  • [ 編集 ]

もうね、キュンときた
果てしなくキュンッときましたよ

  • 2012/03/15(木) 13:34:37 |
  • URL |
  • まお #-
  • [ 編集 ]

ご結婚おめでとうございます!
もうあれプロポーズだよね、犯罪ですよ魔王さま!

  • 2012/03/15(木) 13:29:14 |
  • URL |
  • 鮮魚 #-
  • [ 編集 ]

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