ブラック/クロスロード

魔王「今日も平和だ飯がうまい」の小説版。グロ注意。

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王の章・29

王の章・29
時だけが私を突き動かす。



私は一人、中庭に出ていた。

「…………」

朝ともあって身を包む空気は凍えるように硬く、葉の擦れる音が妙に大きく響いている。
音はすれども姿は見えない。視界は乳白色で塗り潰されている。
辺りには伸ばした手の指先が霞んで見えるほどの濃霧で満ちていて、私を取り囲む薔薇の生垣ですらも覚束ない陰となって私を見下ろしている。
私にとって現時点での世界とは、腰掛ける一脚の椅子と、肘を付くためだけの机のみである。
思い出深いこれらだけが夢に沈んだような曖昧な世界の中で、私に確かな現実を訴えかける。
背もたれに身を委ね、私はぼんやりと空を見上げる。
そこに広がるのはやはり白である。
空なのか、霧なのか、それともない交ぜになったものなのか。
どちらにせよ面白みがなく、変わり映えのしない光景だ。

「どうせなら曇天がいい……」

むしろ混じりけのない黒が、闇がいい。
私はため息まじりに頭を振って、机に突っ伏すことにする。
机も椅子も、朝露と昨夜の雨のせいでじっとりと湿っている。
肌に貼り付く衣類が不快だが、私は意地になって伏した姿勢を保ち続ける。
そこに意味などありはしない。
こういう時に、こういう風にして考え込む。私が私に課した義務のようなものである。
とはいえ居心地がいいとは決して言えない。身じろぐ度に椅子や机がぎぃぎいと悲鳴を上げる。
手入れに注意を払ってきたとはいえ、雨風に晒され続けたこの一揃いもそろそろ寿命が近いようだ。
ひと際愛着がある品々のため、破棄するには少々抵抗がある。

ひんやりと冷たい机の縁(ふち)をなぞりながら、私は修繕を頼めそうな顔ぶれを思い浮かべる。
そのどれもが億劫そうに顔を顰めるのだが、配慮してやる必要はないだろう。
奴らは私に使われるために存在しているのだから。

「……はあ」

自然、重いため息が零れた。
分かっている。私がここに何故いるか。私は何をすべきであるのか。
濡れた長い髪を掻き上げて、私は頭を掻き毟る。
自分への苛立ちと不安が、じわりじわりと足元から這い上がる。
それらを踏み潰す術を私はまだ知らなくて、息を止めやり過ごすことしか出来ずにいた。
腕を擦る。寒い。

「……ま! ……様!」

そんな中、私の名前を呼ぶ誰かの声が耳に届いた。
同時、駆ける軽い足音が近付いてくる。私はそれを立ち上がることもなく待つだけだ。
少しして濃霧を掻き分け、私の前に躍り出たのはヴァネッサだった。
よう、とばかりに手を上げ迎えてやると、ヴァネッサは紅いばかりの瞳を軽く顰め、不服のようなものを表した。

「まったく、またこんなところにいらしたのですね」
「悪いか」
「供も付けずに姿をくらます事が悪くないわけがないでしょうに」

頬に手を当て、ヴァネッサは仰々しいため息をついてみせる。
私はそれに肩を竦めるばかりである。私の側付きはどれもこれも小言が多い。
こいつはその中でも群を抜いて小うるさい。聞き流す私に、わざとらしく眉を吊り上げヴァネッサは囁く。

「貴方様は私たちの大事な柱なのですよ。その辺りを、きちんとご理解くださいませ」
「柱……柱か。無くとも支障ない石塊(いしくれ)の間違いだろうに」
「いいえ」

ぴしゃり、と冷たく斬り捨てるヴァネッサ。
思わず私は口を閉じ、その顔をまじまじと見つめてしまう。
その途端ヴァネッサはふっと柔らかい笑みを漏らし、かと思えばすぐに恭しく膝を付く。

「誰がなんと言おうと、貴方様は正真正銘、この城の柱です。宝玉です。全てでございます」
「ヴァネッサ……」

だから私は投げるのである。幾度となく繰り返された愚問を。

「私は何だ」
「魔王、でございましょう?」

ヴァネッサは私の目を真っ直ぐに見つめてくる。そうして固い決意を孕んだ言葉を紡ぐ。

「今、我らの王は貴方様だけでございます」
「ああ……」

ヴァネッサが差し出す手を、私はそっと取る。
若い女の、しなやかな手。偽りに近いその手を、私は口の端を歪めて見下ろすばかりだ。
ヴァネッサはまた私に柔く微笑みを向けた。


ヴァネッサに促され、私は重い腰を渋々上げ生垣の外に出た。
相も変わらず濃霧は庭を覆い尽くしている。
高い樹木も、あちこちに居並ぶ鉢も、噴水も、何もかもが単調な陰としてでしか存在していない。
そんな中、二つの陰が私たちの方へと近付いてくるのが見えた。
一つは大仰に手を振り凱旋のように、一つはゆらりゆらりと歩く死体のように。
私はそれらを腕組み待つ。隣に立つヴァネッサも頬に手をあて苦笑する。
気配から察するまでもなく、ヴァネッサ同様、私の側付の魔物である。
ジンとズィーベン。間もなく現れた奴らは、いつもと変わらぬ調子であった。

「よう大将。準備は整った。予定通り、今夜からおっ始めようじゃねえか」
「そうだな、期待しているぞ腹心」
「はっは、言うねえお前!」

私がそう返してやると、ジンはにやにやと悪意を顕わに私の肩を軽く叩いた。
それにズィーベンが潰れた右目を微かに顰め、ジンをじっとりと睨めつける。

「オ前ねェ。仮ニもコノ方大将なンダし、そノ馴レ馴れシい態度ヲ改メるベキなンジゃね?」
「ああ? お前にゃ関係ねえだろうが。俺はこいつの腹心だぞ?」
「そレを言ワセてもラエばオレだッて腹心ノ一匹ダ。他ニ示しガツかねェッて言イタいンだ。分カるか脳筋」
「脳味噌腐敗してるよかマシだろうがボケ」

そして睨み合うジンとズィーベン。
私とヴァネッサは顔を見合わせ、やれやれと肩を竦めるだけだった。
仲がいいのか悪いのか。仕方なく、私は見苦しい配下の間に割って入り、どうどうと宥めるのだ。

「こらこらお前達、いくら私に強く傾倒しているからといって、私のために争うのはやめておけ。時間の無駄だ」

するとジンとズィーベンは揃って私を冷たい目で睨みつけ。

「ああ? 誰がてめえなんかのために喧嘩買うかってんだ。舐めたこと言ってるとマジで叩き斬るぞ」
「ハリボテ魔王ガ思イ上ガッてンじャねーデすわ」
「……」
「まあ、お口の悪い方々だこと」

くすくすと笑うヴァネッサを横目に、とりあえず私はすり足数歩分の距離を取った。
ジンが爆ぜるような笑い声を飛ばす。

「だが、時間の無駄はその通りかもな。結構長くかかっちまったからなー下準備」
「まアナ。オレはモう出番ヲ待チくタビれチまッタぜ。ヴァネッサもソうダロ?」
「いいえ」

ゆるゆると首を振り、静かに言うヴァネッサ。

「私はむしろ心が躍る次第ですわ。何しろ、これが終われば姫様と魔王様のお世話だけに専念できるのですから」
「オっ……!?」

お前もねぇ……、と息を詰まらせヴァネッサと私の顔を交互に窺うズィーベン。
ジンはただ笑うだけだった。三者それぞれの空気を笑い飛ばすため、私はふっと口の端をぎこちなく持ち上げる。
配下達の間を擦り抜けて、彼らに背を向け私は一つ伸びをして。

「だから早く終わらせて、取り戻そうか。我らの平穏と、安寧と、あの日々を」

邪魔な前髪を掻き上げて、白いばかりの虚空を見上げた。
配下達は勿論、声をそろえて御意と発した。





* * * * * *

これは、不幸な少女の物語。
まだ雪がちらつく初春の頃、生まれたばかりの赤子がとある教会の前に置き去りにされていた。
汚れた薄い布で包まれた赤子は生きるため、懸命に泣き叫んでいた。
赤子は一通の手紙だけを握らされていた。
手紙には貧しさのあまり育てる余裕がなくなったという簡素な決まり文句と、その赤子の名だけが記されていた。
教会の修道女が哀れなその赤子を抱き上げると、しかし赤子は更に火が付いたように泣き喚いたという。
私を抱くのはお前ではない、と言いたげなその拒絶に、愛を信条とする修道女は軽く顔を顰めたとか。慈悲の笑みを向けたとか。
それでも教会に暮らす多くの孤児の一員として、その赤子は少女へと成長した。
金の髪に青の瞳。ころころと表情を変え、好奇心旺盛で楽しいことが大好きな、ほんの少し泣き虫なだけのどこにでもいる少女だった。
身寄りも後ろ盾も何もなく、しかし日々を血の繋がりのない兄弟たちと明るく過ごし、明日を待ち望み寝床に就くような子供だった。
その生活は少女が齢を五つ重ねるまでの、短い時間だけ続いた。

テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

>林田さん
ちょこちょこあからさまにからませますよ側近ども!基本的に皆仲良しなんでほのぼのも取り入れつつやっていきますー

>Bさん
ようやくこの段落ですよやったね遅っ!!自分でもどうなるか未知数ですが楽しんで書いてます!

>ななし3さん
魔王頑張るとすごく重い感じになりますが!頑張らせますね!

>下僕さん
頑張るさ!たくさん下僕いるからな…!

  • 2012/05/15(火) 22:40:57 |
  • URL |
  • おつかい #nAPy1gFE
  • [ 編集 ]

魔王様様頑張って。・゚・(ノД`)・゚・。

  • 2012/05/15(火) 10:10:42 |
  • URL |
  • 下僕 #lbtUIdp2
  • [ 編集 ]

魔王様がんばれ!

  • 2012/05/12(土) 08:52:03 |
  • URL |
  • ななし3 #-
  • [ 編集 ]

いよいよ折り返し地点か('・ω・`)

さてどうなるのかなw

  • 2012/05/09(水) 18:44:08 |
  • URL |
  • 名無しB #-
  • [ 編集 ]

やはり彼女は捨て子だったのですね……

『魔王』の口調や側近の態度諸々、めしうま短編等を見返して何だか切ない気分になりました。
『魔王』の口調や態度が「ハリボテ」な気がします……

  • 2012/05/08(火) 08:59:49 |
  • URL |
  • 林田 #-
  • [ 編集 ]

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