ブラック/クロスロード

魔王「今日も平和だ飯がうまい」の小説版。グロ注意。

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王の章・30

王の章・30
少女が教会の前に捨てられて、五年の歳月が流れた。この時もまた冬だった。
日の昇りきらない寒い朝に、少女は修道女に揺り起こされた。
いつもは優しい初老の修道女は険しい顔で少女に対し他の兄弟達を起こさないように言いつけた。
少女はわけも分からぬまま、こくりと一つ頷いた。
擦り切れた薄い襤褸を何枚も重ねた寝間着のまま、髪も梳かさぬ間に修道女に手を引かれて宿舎を出た。
扉をくぐり抜けると、そこは鳥も鳴かないしん、と凍ったような世界であった。
地を覆う薄い雪は、光の粉を飛ばしていた。
雪は少女が一歩踏み出すたびにくしゃりと小気味良い音を響かせ軌跡を刻んだ。
足指の霜焼けを忘れさせてくれるほど、その音色は少女の心を軽くした。
ささやかな菜園を抜けて礼拝堂に連れられた。
少女は自身の住まう教会の宗派や教義、神々の名前などをほとんどと言っていいほど知らなかった。
それでも神の存在は知っていた。
眠る場所があるのも、食事が取れるのも、兄弟達と幸せに生きていけるのも、すべて神の恵みだと教えられていた。
この世ではない果てない空の上、見守る神がいるのだと少女はその頃信じていた。
礼拝堂に足を踏み入れるその前に、少女は深々と頭を下げた。
修道女がいつもやるように。

堂は木造の簡素なもので、中に並んだ長椅子はどれも掛けて身じろぐと嫌な音を立てた。
埃っぽく、経年の重みばかりがそこにあった。
しかしそれでも少女が顔を上げれば、高く祀られた神像は少女に笑みを向けていた。
神像も礼拝堂の静けさも、何もかもが昨日までと変わらなかった。

『なっ……!?』

たった一人、神像の真下に立つ壮年の男だけが異物だった。
口ひげを蓄えた、身なりの良い男だ。
顔にはおびただしい驚愕ばかりが浮かんでいて、険しい目で少女のことを睨んでいた。
まるで悪魔でも見たかのような狂った歓喜が溢れていた。
少女は無論のこと、その見知らぬ男に嫌な印象を受けていた。
近寄りたくない。逃げてしまいたい。一心にそう思った。
修道女の手をぎゅっと握り、背後に隠れようとした。
しかし少女を庇護するはずの修道女は少女の手を無理やりに引いて、男の前に引き立ててしまう。
見上げた先にある彼女の目は少女のことなど僅かにも映してはいなかった。

『この子はいかがでしょうか、金の髪で青の瞳。年の頃も』
『いや……どうも、こうも』

熱に浮かされたような修道女の言葉を遮り、男は少女を見下ろし生唾を飲み込んだ。

『生き写しだ。素晴らしい……!』

そうして震え笑う男の肩越しに、逃げ出すことのできない少女はただ神像を見上げた。
神は変わらず微笑みしか投げてはくれなかった。


『ひ……ぐ……え、ぅ……』

そしてあの日から半年あまりが経過した。
嫌な男は人目を偲び、少女を大きな城に連れ帰った。
そこで少女を待っていたのは煌びやかな世界と偽りの暮らしと、そして地獄の日々だった。
少女の生は一変し、全ては漆黒に塗り固められた。
男は言った。

『お前は亡くなった姫君の代えとなれ』

少女の髪の色目の色肌の色、面立ちと背丈と声。
それら全てが奇しくも病で夭逝した非業の幼姫と瓜二つなのだという。

城に連れられた当初、王と王妃に謁見した際のこと。
王は目を見開き、王妃は悲鳴を上げて少女を抱きしめた。
『お帰りなさい』と涙する彼女のことを、少女はなんとなく薄気味悪い思いで見つめたのだった。
しかしそれも長くは続かなかった。
所詮少女は少女で、亡き姫君ではありえない。
微細な違いが彼らの中で違和感を生み、それは次第に嫌悪感へと、憎悪へと変わっていった。
表舞台では仲睦まじい親子を演じて、裏に引けば容赦なく少女を嬲った。

『どうしてあの子が死んでお前みたいな賎民が生きているのよ!?』

髪を振り乱しヒステリックに喚く王妃に首を締められることなど、日常茶飯事のことだった。
王はそれを冷ややかな目で見つめるだけだった。

『う……う……あああ……ぐ』

少女は半年が経っても読み書きができず、上流階級の所作をろくに覚えることができなかった。
物覚えが著しく悪かったわけではない。
育った教会では、少女は誰よりも草花や鳥の名前を覚えていたし、文字も進んで学ぼうとする意欲があった。
だがこの城では些末な間違いであったとしてもすぐに拳や鞭が飛ばされた。
学ぶことや、歩き食事を取り言葉を発するそれら全てに漏れなく痛みが付いて回った。
少女を城に連れてきた嫌な男は王の側近で、そのまま少女の教育係として任ぜられた。
少女に手を上げたのは、その男が一番多かった。
一国の王女として美しいドレスで着飾っていても、その下に隠された少女の体にはその頃いくつもの痣と鞭打ちの痕が刻まれていた。
所々青紫に膿み、ミミズ腫れがいつまで経っても引かない醜い肌。
絵本に出てくる化け物みたいだ、と少女はぼんやりと悲しんだ。

殴られて足蹴にされて、髪の毛を引きちぎられて鞭で打たれて、酷い時には骨が折れた。
痛い痛いと泣き叫んでも手を差し伸べてくれる者は誰もいなかった。
王や王妃や教育係の男は勿論のこと、事情を知る侍女たちは少女のことを下賤な生まれの鼠と蔑み、まるで家畜でも扱うように世話をした。
少女はあらゆることに心を閉ざし、ひたすら俯き黙り込み耐えることばかりが多くなっていった。
虐げられ、罵られることには慣れ始めていた。
それでも少女は夜がくる度、たった一人きり孤独になれるその時だけに毛布にくるまって涙を流した。
埃っぽい倉庫が少女に充てがわれた場所だった。
窓から差す月明かりは頼りなく、蝋燭の灯りが揺らめくごとに辺りに蔓延る闇がぬらりと身を引いた。
静まり返った闇は確かに恐ろしかった。
それでも闇は少女をぶったりはしなかったので、少女は心置きなく吐き出すことができていた。

『あっ……う、あ……ひ……う…………え……』

少女は城の者たちに好きなように呼ばれていた。偽物、鼠、愚図、醜い生き物などなど。
表では。

『エリザベス……じゃ、ない……』

偽りの名前を、死んだ姫のものとされる名前を呼ばれるその度に、少女は己の大切な何かが削り取られていくように感じていた。

『エリシア……エリ、シア……!』

もう長い間、誰にも呼ばれたことのないその名前。
それだけがたった一つ、自分だけのものだった。
その名前を忘れないように、少女は自分の名前をひたすらに呟き続けて眠りに落ち、そうしてまた悲惨な朝日が顔を出した。
自ら命を絶つことも考えた。
高い高い部屋の窓から身を乗り出せば、燃え盛る暖炉の中に飛び込めば、燭台で喉を貫けば、広い浴場で溺れれば、シーツを結んで首を括れば。
思うだけで実行に移すにはいまいち体が竦んで叶わなかった。
終わらない、悲惨になり続ける日々の中、最早少女は神の存在など信じてなどいなかった。
見守るだけの神に祈るなど、少女には何より屈辱的なことだった。
何よりあの修道女だ。
彼女はまるで商品であるかのように少女を見送り、最後の最後まで気遣う言葉の一つも投げかけることがなかった。
口止めとして多くの金を掴まされたらしく、文字通りに売られたのだと知ったのは城に閉ざされてしばらく経った頃だった。
少女の中でありとあらゆるものへの不信が膨らんでいった。

城の人間は少女を忌み嫌い、神も少女を救わない。
誰も名前を呼んでくれない。
誰かに名前を読んで欲しい。
誰か、誰かと求め続けた。

そうか、エリシアか。

そんなふうにしていつか誰かがその名前を呼んでくれると、少女はそれだけを心の支えにして縋り付いて生きていた。

しかしそれは儚く無意味な願いだった。
少女は亡き姫君の代わりとして立派に育ち、隣国の第一王位後継者の王子の元に嫁ぎ、子を産み、母国の未来を磐石のものとすることが期待されていた。
それはよっぽどの不確定要素が絡むことのない限り覆らない決定だった。
少女もそのことが薄っすらと理解できていた。
所詮物語のような救世主はもっと素晴らしい人間に訪れるものであって、自分のような偽物の、出来損ないの、醜い生き物になど見向きもしないだろうと思っていた。
だから少女に訪れたのは、救世主などでは決してなかった。



その日は騎士の任命式であった。
首を垂れて跪く若者のことを王と王妃、そして招かれた客人達が見守っていた。
少女は王妃の傍らで、精一杯の笑顔を作って立ち尽くしていた。
表で殴られることはないが、粗相をすると後が怖い。
王が若者の肩を剣でそっと叩き、少女には呪文のようにしか聞こえない口上を語り上げ、そうして拍手が沸き起こった。
少女も分からぬままに拍手した。
若者は顔を上げて王と王妃、そして少女を見つめて口を開いた。

『我が命尽きるまでこのアーサー=ブラーヴ、国を、王を、そして国民を、すべて守ることのできるよう努力いたします』

それは真っ直ぐな決意の言葉だった。
その場の誰しもが若き騎士の言葉に再び拍手を送り、賞賛し一心に期待を寄せていた。少女もその例外ではなかった。

(エリシアのことも……まもってくれるのかな……)

若者が守ると誓うのはエリザベスであって、エリシアではありえなかった。
だが少女はその若者のことがいたく気に入った。
真っ直ぐで希望と使命に燃える目をした気持ちのよい若者のことを、希望にしてみようと思った。
無駄な希望と分かってはいたものの。

顔を曇らせ手を叩く少女を見て、教育係の男は小さく舌打ちを漏らした。
それから少女は男に連れられて式場を出て行った。
少し前まで療養のため表に出てこなかった姫君だ。
何も知らない客人たちと若者は疑問も抱くことなく深く頭を下げて見送った。
廊下に出て人通りがないことを確認してから、教育係の男は少女の髪を引っ張り耳を寄せ凄んだ。

『お前の役目を忘れたか』
『……』

少女は抵抗することなく首を振って、恭順を示した。
男は眉を寄せてひどく不快げに目を細める。
しかしそれ以上何を言うでもなく少女の髪を放し、背を向けて歩き出した。
少女はその背中をとぼとぼと追うだけだった。逃げる先はない。

『!』

それなのに少女は足を止めざるを得なくなる。
後ろからまた誰かに髪を掴まれて、その手には有無を言わさぬ強さがあった。

『よう』

恐々振り返ると、いつの間にやら奇妙なものがそこにいた。
軽薄そうな青年だった。
それがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて少女を捕らえている。
何処にでもいそうなならず者といった容姿。

『なっ、な、魔物!?』

しかし振り返った男が叫ぶ。
青年の額には剣呑に鋭い、第三の目が開いていた。
両手には銀に輝く金属製の爪が飾られている。
三つ目の青年は意に介することなく少女に問いかけた。

『なあ、お前がここの姫?』
『あ、あ……』

魔王や魔物や龍など、少女は薄ぼんやりとした知識しか持ってはいなかった。
しかしそれらが総じてただひたすらに、恐ろしいものであるということだけは理解できていた。
何より少女を見下ろす三つの目には、これまで出会ったどんなものよりも濃厚な悪意ばかりが見えていた。
存在それ自体をナイフで少しずつ削ぎ落とされていくような冷たい恐怖が少女を襲った。
言葉をなくし涙ぐむ少女に、三つ目の青年は苛立ったかのように笑む。

『おい、どうなんだよ』
『あ、う……ん』

違うと言わせぬ圧迫に、少女はこくりと一つ頷いた。
すると三つの青年は満足げに何度も頷いた。
少女の視界の片隅で、男が悲鳴を上げて逃げ去る。
その背中を、三つ目の青年はちらりと見送り。

『あ、いやいや』

少女の髪をふわりと手放し、たんと軽く床を蹴った。
次の瞬間少女の耳を絶叫が貫いた。
生臭い水が少女の体をべたりと汚した。
少女の目の前で、教育係の男は胸を貫かれてくずおれた。

『ったく……見捨てて逃げるたあ下僕の風上にもおけねえ。なあ、そう思うだろ?』

汚れた爪を振るいながら、三つ目の青年は少女に朗らかに語りかける。
少女は動かなくなった男と、三つ目の青年とを忙しなく見比べ、そしてふっ、と意識を手放した。

テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

>管理人のみ閲覧さん
メールアドレスにお返事返させて頂きましたー!ありがとうございます!

>Bさん
ジンは頼もしいやつなんですよ!ただ出番が今のところ少なすぎるだけで!これからいいとこも
増やします(*´∀`*)

>3さん
お待たせしております!次は一週間くらいで書けたらいいなあ……

>名無しさん
まあ結構先になりますよね!それまでいちゃこらさせますよ!(*´∀`*)

  • 2012/08/04(土) 22:12:53 |
  • URL |
  • おつかい #-
  • [ 編集 ]

エリシアァァァァァ(つд`)

魔王様、早くエリシアを呼んであげてください

  • 2012/07/08(日) 21:00:35 |
  • URL |
  • #-
  • [ 編集 ]

エリシアァァァァァ(つд`)

また更新をwktkしながら待つ日々がつづくお・・・

  • 2012/06/21(木) 17:53:08 |
  • URL |
  • 名無し3 #-
  • [ 編集 ]

エリシアァァァァァ(つд`)

ジンが逆に頼もしいw
その調子で修道女も殴ってやれw

  • 2012/06/19(火) 10:24:57 |
  • URL |
  • 名無しB #-
  • [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

  • 2012/06/18(月) 22:12:57 |
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