ブラック/クロスロード

魔王「今日も平和だ飯がうまい」の小説版。グロ注意。

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王の章・37

王の章・37
『つれてきてくれて、ありがとう』
『は?』

そう告げると、三つ眼の魔物はギョッと固まった。
口を開いては閉じ、閉じては開き。
そんな繰り返しを何度か経て、最終的には何の言葉も発することがかなわかなった。
気味の悪いものでも見るようにして少女の顔と黒の魔物の顔を見比べて、三つ眼の魔物は黙り込む。
少女にとって、その魔物が魔王の右腕であるとか、同胞にすら怖れられる戦闘狂であるとか、自身の目の前で人を殺めたものであるとか。
そういったことは瑣末なことでしかなかった。
少女は三つ眼の魔物に感謝していた。
だがその思いを告げる機会に恵まれなかった。
だからこそのその時であった。
少女はにこりと三つ眼の魔物に微笑んだ。
それは親しいものに向ける類のもので、向けられた彼はただ居心地悪そうにそっと目をそらすだけだった。

『あ』

振り返れば、あの黒の魔物。
右手を空に浮かせたまま、少女のことを見つめている。
黒の魔物は平時、その皮肉めいた笑みを崩すことがない。
そうだというのにその時ばかりは目を見開いて笑みを消し去り、口を開いてぽかんとしている。
何となく。少女はその顔に、胸を締め付けられる思いがした。
理由は今もってなお不明である。
慌てて駆け寄って、左手を差し出した。
黒の魔物はその表情のまま、少女にそっと指を向ける。
老いた大樹のような指。青黒い。
剣のように禍々しい爪。黒。
少女はその指をつかむ。
ひんやりと冷えた指。
生物というよりも、石塊や木切れを思わせる触覚。
しかし少女はそれを怖いだとか、嫌だとは決して思わなかった。確かに手を取れと言われた時は魂が冷える思いがした。だがそれも一瞬のことだった。
黒の魔物に従っていれば、ヴァネッサは喜ぶし、ズィーベンだって優しくしてくれる。
黒の魔物の指を通し、少女は自身にぬくもりを与えてくれる二体を見た。
だから使命感と欲に突き動かされるまま、黒の魔物を怖れない。
ただし先ほど命令を守れなかった。指を放すな。

『ご、ごめんなさい』

少女がそう言うと、黒の魔物は眉を顰める。

『まあいい……行くぞ』

ろくな言葉もないままに、黒の魔物は三つ眼の魔物に背を向けて歩き始める。
大きな歩幅。駆け足でないと追いつけない。
それは先ほどよりも、幾分か速い歩調に思えた。
少女は駆けながら、ちらりと後ろを振り返る。
三つ眼の魔物が立ち尽くし、少女と黒の魔物のことをぼんやりと見送っていた。
こっそりと手を振ってみた。
返されることはなかった。


『こんにちは』
『……ハァ?』

次に出会った魔物には、元気良く声をかけてみた。
ズィーベンだ。
眠たげな目をこすりながら、ふらふら廊下を歩いているところに出くわしたのだ。
ただしヴァネッサ曰く。
『ズィーベンに怪我を見てもらっていることは魔王様には内緒ですよ』ということらしい。
彼女の命令は絶対だ。
だから外で、黒の魔物の目の前で、彼と親しい様子を見せることはできない。
とはいえ知らんぷりして通り過ぎることはできなかった。
だから挨拶するだけに留めた。
日中に出会ったのはこれが初めてだった。
陽光のもとで見る彼はいつにも増して死体のようで、それが動いて生きていることが少女には悪い夢のように思えてしまった。
だが決して、怖いとは思わなかった。
ズィーベンは何も言わない。
それどころか無事な左目を大きく見開き、ぽかんと口を開けている。
先ほどの三つ眼の魔物と似たり寄ったりの反応だ。

『……行くぞ』

黒の魔物が先を急ぐ。
ズィーベンの反応に首を傾げている暇すらなかった。
少女は駆け足でまた黒の魔物に付き従う。
今度もまたちらりと後ろを振り返り、こっそり手を振ってみた。
これもまた返されることはなかった。


道中色々な魔物に出会った。
羽が生えた獣。
物々しい武器を携えた巨人。触手蠢く何かしら。
そうした恐ろしげな魔物すべてに、少女は頭を下げて挨拶をしていった。
魔物は怖い。足が竦んだ。
できることなら逃げ出したかった。
しかし恐怖よりもまず義務感が先に出た。
黒の魔物は魔物たちの王である。
その配下にもしっかりと従う意思を見せておかねばと、幼いながらに積み重ねた経験で、少女は必死に震えを堪えた。
とはいえそれもすぐ慣れることができた。
黒の魔物のおかげである。
少女が魔物に声をかける横で、黒の魔物が少女を庇うようにして前に立ってくれたのだ。
大きな黒い壁は少女から魔物を見づらくして、魔物たちはそんな黒の魔物に対してビクリと怯える仕草をした。
三つ眼の魔物に虐められている時もそうやって庇ってくれもした。
黒の魔物はそうした魔物がいそいそと立ち去る度、不機嫌そうな顔で少女のことをじろりと見下ろした。
しかし何も言うことはなかった。
ただ少女の顔と、少女に掴まれた自身の指をじっと見て、また元の速さで歩みを始めるのだ。
その繰り返しだった。

少女には黒の魔物がそうした行動を取る理由がわからなかった。
どうして自分を庇ってくれるのか。
どうして外に出してくれるのか。
どうして怒鳴ったり、殴りつけたりしないのか。
どうしてそんな目で自分を見るのか。
何もかもが分からなかった。
分からないなりに、少女は必死に駆けた。
城の回廊はほのかに寒く、口からは白い息が途切れることなくこぼれ出た。
目の前には黒く、広く、高い背中。
いくら駆けてもその背は近付くことがなく、少女の視界を遮った。
真っ暗だった。光など微塵も感じられないほどの闇がそこにあった。
少女は闇に向かって駆ける。駆けた。
その先に光など望まない。望む暇もなかった。
ただ握った指先が、冷えた外気よりもほんの僅かに温かいと感じられた。
その時はそれで十分だった。



道中通りかかったメイドに飴玉をもらったり、それを一緒に食べたり。
色々と細やかな事件があった。
黒の魔物は相変わらずだった。
不機嫌そうな顔をして、少女を引き連れ先々歩いた。
そうして目的の場所までたどり着いた。

『……はふ』

少女の口から、思わず声が漏れた。
美しい庭園だった。
足元には切り揃えられた芝生が広がり、葉をたわわにつけた木々が等間隔に並んでいる。
鉢に植えられた花々は穏やかな日光の元、生き生きと風に踊っている。
見渡すかぎりに緑が続く、広大な庭だった。
空は青く澄み渡っていた。風は優しくそよいでいた。
外気の寒さのその中に、陽光が温かみを添えていた。
緑の、花の、賑やかな匂い。
さらさらと静かな水音。
手を伸ばせは掴めそうなほど、そこは光と生の気配で満ちていた。
荒々しい魔物たちが横切るのにも構わず、少女は庭に見入っていた。

『何だ、疲れたのか』
『あ』

気付けば黒の魔物が見下ろしている。
その眉根にはいつも以上の皺が刻まれていて、少女は自分が何か粗相をしたのだと思った。
さっと顔を伏せ、声を絞り出す。

『だ、だいじょぶ』

ぎゅっと指先を握る手に力を込めた。
しかしその手はあっさりとほどかれる。
先ほどは自分から離れたもの。
しかしそれが黒の魔物の側から離されたことに、少女は身勝手ながらに身も凍る思いがした。
少女にはあの巨大な黒い手が自身にどのような災異となって降り注ぐのだか、想像だにつかない恐怖を覚えた。
そう身を固くして耐えていた矢先、足元の地面がふっと消えた。

『これでいいだろう』

あっ、と思う間もなく。
少女は黒の魔物の、ごつごつとした太い腕の中にいた。
見上げれば黒の魔物の顔が近い。仕方ないな、と低くぼやく黒の魔物の口元から、鋭い牙が見えた。
少女は目が離せなくなった。
指の代わりにその服を掴み、じっとその顔を見つめることしかできなくなった。
黒の魔物は少女を抱えたまま、庭を歩く。
先ほどよりも速度を落とし、少女に庭を見せて回るようにしてうろうろと歩いた。
その末に、黒の魔物はつる薔薇の生い茂るアーチをくぐる。
そこは周囲を生垣で囲われた空間だった。
青銅色の小さな椅子と机だけが中心に置かれていて、それ以外には何もない。
黒の魔物はそこに腰を下ろし、少女をその膝の上に座らせた。
日差しは暖かで、もう横切る魔物もおらず静かな庭。
それでも少女は黒の魔物しか見ることができなかった。
その他のものなど見たくないとさえ思ってしまった。
長く鋭い黒い爪、青黒い皮膚、枯れた大木のような腕、覗く牙、真っ黒いばかりの瞳。
少女の知るどんな大人よりも一回り、二回りも巨大な体。地の底から響くような声。
その全ては相変わらず、死そのものを予感させた。

黒の魔物は少女にとっての手段である。
黒の魔物に気に入られさえすれば、怖い思いをしなくて済む。そうヴァネッサが約束してくれた。
だから従う。気を払う。黒の魔物が望むことを知ろうとする。
それだけのはずだった。
そうでなければこんなに怖い生き物に自分から近付くわけがない。
指なんて決して握らないし、声をかけるなんてもってのほかで、姿さえ一目たりとも見たくないはずだ。
それなのにこうして今、肌で感じるほどに近くにいるこの時に。

(…………うれしいって、おもうのは、へんなのかな)

少女には何も分からない。分かるはずもなかった。
ただその怖ろしいと感じていたはずの生き物を、じっと見上げるだけだった。
黒の魔物は先ほどから目を閉じて、気難しげな表情を作っていた。
何を考えているのだろう。
生きるためではなく、純粋な興味が少女の心の中で育ち始めていた。
そんな時だった。
黒の魔物が急にその目を見開いた。

『おいお前、先程私の手を放しただろう。言い付けを破ったな』
『ひ』

そして低い声で嬉々として語り始めるのだ。
喉が恐怖に詰まる。
顎を掴まれ、ぐっと顔を近付けられた。
息がかかるほどの距離。牙の奥に赤黒い舌が見えた。
喰われる。そう思った。
黒の魔物はぬらりと嗤う。

『罰として』
『ご、ごっ、ごめ、ごめんなさ、いっ』
『名を、エリザベスと言ったか?』

その名を呼ばれた瞬間、少女の心から一切の恐怖が消え去った。
代わりに心を満たすもの。
それは膨大な絶望。そして諦めだった。
実際には、それらは元々ずっと少女の心に巣食うものだった。
偽りの安寧な日々にほだされて、見えないふりをしてきたものだった。
いつまでも、どこまでも偽物。
そのことを思い出してしまった。
この黒の魔物も結局は同じなのだ。自分をエリザベスと呼ぶ。あの傲慢な城の人間たちと同じだ。同じでしかないのだと知ってしまい、少女は頷いた。エリザベスを肯定する。そうすることでしか生きられない。
だが。

『私はその名が気に食わない。何か。何か他に、呼び名はないのか?』
『え……』
『何でもいい。教えろ』

黒の魔物は何と言ったのか。
名を教えろと言ったのか。
少女には何も分からない。分かるはずもない。
それを教えてしまっていいものか、口にしてしまっていいものか、それによって己の運命がどのように変化してしまうのか。
黒の魔物——魔王を前にした時よりも強い恐怖に襲われた。
少女はしかしその恐怖の毒に、甘美なひとかけを感じてしまった。

『エリシア』
『そうか、エリシアか』

衝動に突き動かされるようにして口にした、己のすべて。
魔王は嗤う。嗤いながら、穢すかのように幾度も幾度もその名を呼んだ。呼ばれた。呼ばれてしまった。
エリシア。
エリシア。
エリシア!
それは歓喜だった。
それは紛れもなく、魂が打ち震えるほどの悦びだった。
恐怖だった。快楽だった。致命的だった。致命傷だった。
深く深く心の臓を抉るほどに突き刺さるものだった。
あの日あの時あの騎士の青年に掲げられた剣を思わせるものだった。
しかしあんなちゃちな銀ではなく深く深く底の見通せない暗黒の剣だった。
もう永遠に、誰にも呼ばれることのないはずだった真実。
己が存在を示す唯一の指標。

『では、エリシア』

それを握られた。魔王に握られた。

『この名は私と、お前だけの秘密だ。ジンやヴァネッサには教えてはならない。いいな?』
『は、い』

いい子だ、と凄惨に微笑む魔王の顔を、少女はいつまでも忘れない。






少女は神を知った。
生まれ育った教会で教えられた神。
すべてを与え、愛をかけ、見守り、支配する存在。
それはつまり、魔王のことだと少女は悟った。


少女は魔王を崇拝する。
魔王は少女の名を呼ぶ。
そうした等価の契約だ。
そうした絶対の主従だ。
少女はそう理解した。
魔王は−−−−

テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

お前……って感じを書くのが楽しくて仕方ないのですよ!!

  • 2013/03/29(金) 00:12:02 |
  • URL |
  • おつかい #-
  • [ 編集 ]

まったく、このツンデレ魔王め(*´Д`)

  • 2013/02/17(日) 18:47:27 |
  • URL |
  • 名無しB #-
  • [ 編集 ]

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