ブラック/クロスロード

魔王「今日も平和だ飯がうまい」の小説版。グロ注意。

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ヴァネッサ短編

ヴァネッサとベル短編。
その竜は、魔王に慈しみ育まれた。



彼女。ヴァネッサは自身の親についての記憶を、ほとんど持ち合わせてはいなかった。
竜は、母親が子の孵化から巣立ちまでの全てを見守り、一度に育てられるのはわずか一体のみである。
なので、彼女もまた長い幼生期の全てをただ母親とのみ共に過ごすはずであった。
そうだというのに、ヴァネッサは実の母について何一つとして知らずにいた。
最も古い記憶の中で、ヴァネッサはまだ人の姿も取れぬ、未熟な子竜だった。
寒々とした暗い部屋の中、何か物悲しくてきぃきぃと鳴いていた。
広いベッドの真ん中にぽつんと置かれ、温かで弾力のある壁と床とが、ひどく居心地悪かったと記憶している。
その時点で、母の記憶があったかどうかは定かでない。
ただ、ヴァネッサは親の感触のようなものを求めていた。
岩のように硬くて冷えた、無機質な壁を欲していた。自身を守る檻を探していた。
腹の底から抉られるような、絶対的な何か強大な恐怖の塊が側にあることを望んでいた。
しかしいくら鳴いても、足掻いても、ヴァネッサの求めるものは何一つとして降りかかりはしなかった。
それでもヴァネッサは鳴いた。きぃきいぎぃと声を上げてみた。

そうして最早何のために喉を苛んでいるのだか、とんと理解ができなくなったそんな時、不意に真っ黒な影で視界を覆われた。
腕だった。老木のように硬くて冷え切った、大きな腕だった。
その腕の主はヴァネッサの喉をぞんざいに撫でると、大人しくしていろと囁き胸に抱いた。
ヴァネッサはほんの一瞬だけ鳴くのを忘れた。
主の声の舌先は自身の鱗の一枚一枚を嬲り尽くし、ぞんざいな指先はまだ首にある。
この手は易々と己の首を折るだろうし、また羽根を毟ることだろう。
主はそういう生き物だ。そう感じられた。
それがヴァネッサには堪らなく心地よかった。
恐ろしくも穏やかな、親に思えて仕方がなかった。ようやく現れた、待ち望んでいた全てであった。
ヴァネッサは苦しいやら嬉しいやら恐ろしいやら。
とりあえず先ほどよりも高く、大きく、ひーぃと鳴いてみせた。
そうして前後ろ足をばたつかせ、てんで無方に主のあちらこちらを引っ掻いた。
爪を収めることはまだ覚えていなかった。
主は怒る代わりにただ一つ、小さく溜息を漏らした。
そんな記憶である。

ヴァネッサは主の溜息が好きだった。
主はいつもいつも溜息ばかりをこぼしていた。
腹に据えかねる何かがあれば、主はそれをどのようにでも排除できた。
忘れることができた。何故ならば主は王であったから。
だが主は決してそうしようとはしなかった。いつも誰かに憚って、自身はぶつぶつと不平を漏らすだけだった。
不平を言いながら、なるべく誰かの利になるようにと密やかに図ってやっていた。
ヴァネッサはその愚痴に付き合う時間が堪らなく好きだった。
ヴァネッサは人の形が取れるようになってから、ずっと城に、魔王に、主に仕えてきた。
そうした自分に疑問も何も持たなかった。

ある時、ヴァネッサは主の口から全てを知った。
母が命を落とした経緯、その責任の一端が主にあるのだという事実、それからずっと彼女を育ててきたのだという贖罪。
それらをぽつぽつと語り終えてから、主はただ『すまん』と頭を下げた。
ヴァネッサはその時、主に何と返したのか。とにもかくにも彼女はまだ城にいて、魔王に仕えている。





「ヴァネッサ、魔王の椅子に興味はないか?」
「は……は?」

主のそんな唐突な問いかけに、ヴァネッサは危うくティーポットを取り落としそうになった。
見れば主は机に肘を付き、心底気怠そうにしてヴァネッサのことを見つめていた。
不機嫌そうに寄せられた眉。主は大抵こんな辛気臭い顔をしている。
しかし、今日は何故かその眉が、幾分下がっているようにも見えた。
ヴァネッサはその問いに答える代わり、ふぅと肩をすくめてみせた。
カップに紅茶を注いで差し上げてから、主をほんの少しだけ睨んでみる。

「お戯れはよしてくださいませ」
「私は大真面目なのだが」

主はカップに口を付け、目を閉じる。
ヴァネッサはそんな逃げ道を選んだ主を、心置きなく冷えた声色でなじることができた。

「私は魔王様の椅子に座ることが出来るほど、野心も、力も持ってはおりません」
「まあ、野心はともかく力はなあ」

「私の足元にも及びはせんな」と、主は事実をそのままにぼやく。
野心はあるとおっしゃりたいのですか。主にとっての自身の像にやや疑問を抱くヴァネッサだった。
確かにキツく当たる時もあるが、基本的には敬愛してやまないと言うのに。
明日からはもう少し優しくしてあげましょうか……と、ヴァネッサは主のカップに代わりを注ぐ用意を始める。

「そうだヴァネッサ」
「何でございましょう」
「私を喰え」

見れば、名案だろうとばかりに、主が薄目を開けてにやりと笑ったところであった。

「そうすれば、私の記憶や力がお前のものとなる。みすみす死ぬよりはまだ」
「ベルゼメトローム様」

ぴしゃり、とヴァネッサは手を止めその言葉を斬り捨てた。
主は少し鼻白んだが、しかし再び目を閉じ。

「冗談だ」

にやりと笑うのだった。
この時、主はただの一つとして、溜息をこぼさなかった。


ヴァネッサは主のことを愛していた。
親のような、兄のような、主の幸福をのみ願って生きてきた。
だが自身は主を満たすことはできないと悟っていた。
だからこそ、彼女は主の幸福の種にいち早く気付き、守り育んだ。
彼女の原理とはその程度のことである。

(了)

コメント

いやすみません、これ別の場所に放り投げてた古い短編なんです\(^o^)/
正直二年以上前なので読み返そうとすると引きつけを起こすレベルです。
羞恥に咽びますが、お楽しみいただけたのでしたら幸いです!

  • 2014/01/06(月) 20:37:24 |
  • URL |
  • おつかい #nAPy1gFE
  • [ 編集 ]

またいつの間にか新作来てるし( ´∀`)
そして俺の嫁の話か、いいぞもっとやれ( ゜∀゜)o彡°

  • 2013/12/30(月) 12:44:46 |
  • URL |
  • 名無しB #-
  • [ 編集 ]

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