ブラック/クロスロード

魔王「今日も平和だ飯がうまい」の小説版。グロ注意。

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死の、異常な愛情

ズィーベン、エリシア短編。
(交差路の章あたりの時間軸)
目覚めと共に込み上げる吐き気を持て余し、転がり落ちるようにして床に這った。
躯の奥底にある不快の元を追い出すべく咽喉は咳を促し続けるが、思うようには吐き出せず呼吸すらままならない。
磨き上げられたタイル貼りの床を掻きもがく。胸を抉るような痛みが襲う。
次第に、咳には赤いものが混じり始める。
そうして咳を、血痰を、吐瀉物を、血液そのものを吐き出して、それでもまだ吐き気は収まらない。
びちゃ、びちゃ。ぼた、ぼた。ぉごぼ、ごぼろ。
耳障りな水音に、落ちる水気を含んだ何か。
血と、胃液と、腐った肉と、ヘドロと、ほのかにカビの臭いがした。
あらかた吐き出し落ち着いた時、ズィーベンは血だまりの中に倒れ込んでいた。
異様に粘つく黒の血液は酷い臭気を放っていて、目と鼻の先には塊がいくつか転がっていた。
ぐずぐずに腐り果て、泥団子のような見てくれに細かい血管が浮かんでいる。
肉だ。
紛れもなく自身の躯の中で朽ちて吐き出した、どこかの臓物の成れの果てである。
それを確かめまた込み上げる吐き気。
横たわったそのままで、吐き出すものもないのにげぇげえと呻いた。
鼻腔と口に床に溜まった血が入り、さらにもがき苦しむことになる。
床に手をつき起き上がろうにも血で滑ってまた頭から突っ込んだ。
そうして無様にのたうち回り、ようやく血だまりに仰向けで寝転がって一息つけた。
着ているローブはもはや元以上の黒に染め上げられ、髪もあちこちべたりと汚れていた。
傍目から見れば、酷く滑稽な有様だろうとズィーベンは力なく笑う。
まとわりつく死が不快だった。
どうせ死なせてはくれないのに。
血をぺっと吐き出して、口を開く。

「……ヴァネッサ」
「お呼びですか」

呼ぶ声と応える声に、間隙はほとんど無であった。
血だまりから二、三歩距離を取って一人のメイドがふらりと現れる。
メイド——ヴァネッサはズィーベンの有様を見て、悲鳴を上げるでも、顔を顰めてみせるでもない。
ただ呆れたように苦笑する。

「またですか」
「あア……デ、わりィケど、動ケねェンデ助けテくれ……」
「はいはい。全くもう面倒な死体ですこと」

そう言ってズィーベンを引き起こす手は、血で汚れることを厭わなかった。
ヴァネッサは血だまりを片付け、ズィーベンの体を拭いて着替えさせ、そうしてベッドに放り込んだ。
換気のために窓と扉を開けて、やり遂げた顔でふうと汗を拭うヴァネッサ。
ズィーベンはベッドに横たわりながら、彼女に片手を上げて労いを示す。

「イツもいツモ悪ぃナァ」
「まったくです。手間のかからない不死身であればよかったものを」
「……オレに言ウなッて」

深々とため息をつくズィーベンだった。
こうして子どものように説教を受けているものの、ズィーベンはヴァネッサに比べ遥かに生きた歳月は長い上、城での階位も格段に異なっている。
方やメイドたちを束ねる長で、方や魔王の参謀である。
しかしズィーベンは位を無視した、歯に衣着せぬ物言いの彼女のことが嫌いではなかった。
むしろ好ましい部類に入る者として、日ごろから親しく付き合いを重ねている。
ヴァネッサはズィーベンの顔を覗き込み、心配げに瞳を揺らす。

「何か欲しいものはありますか?」
「アー……今はいイヤ」
「では、何かあったらお呼びなさいね」

そう言ってズィーベンの髪をそっと撫で、彼女は静かに部屋を後にした。
こうなっては仕方ない。ズィーベンは盛大にため息をついてから、養生のために眼を瞑る。



夢を見た。
不死となった頃の夢を見た。
ズィーベンは元来、不死の躯ではなかった。
他の魔物と同じように生き、変わらず死を恐れて在った。
転換は些細なことだった。
彼は現魔王の父君、先王に忠誠を誓っていた。
先王は絶大で、悪辣で、貪欲だった。あらゆるものを欲していた。その一つが永遠(とわ)だった。
先王はいずれ来る死を回避するため、不死の術を編み出そうとした。
その実験体として志願したのがズィーベンだった。
忠誠心だか、はたまた野心が働いたのかは今となっては覚えていない。
とにかくズィーベンは晴れて不死の呪いを受けてしまった。

『はっ……こんなものが不死、か……』

そう呟く先王の忌々しげな嘲笑をズィーベンは今も夢に見る。
ズィーベンは不死となった。死ねない体を手に入れた。
しかしそれは先王の、万物が望むような安らかな永遠とはなりえなかった。
有を無にすることは容易だ。しかし有を永久に作り変えるのは、途方もない無理があった。
ズィーベンの体は死を繰り返す。絶えず腐り落ちた先から肉が再生し、心臓は鳴動と静止を繰り返した。
消化器官の肉は吐き出して、それ以外の中身であれば直に腹を裂き掻き出さなくてはならなかった。
骨さえ土塊のようにボロボロと崩れた。傷んだ神経が常にぐじじくと痛みを訴えた。皮膚は裂け、傷んだ脂が漏れ出した。
そのくせ生命の象徴たる血液は無限に湧き出てしまい、一度傷を負ってしまえばそれは中々塞がらなかった。
死体が無理やりに動いているだけ、と周りは揶揄し、ズィーベンもその通りだと思っている。口には出さない。
無事な骨にこびり付いた腐肉をナイフで慎重にこそげ落とす繰り返しは、彼に命の価値を見失わせた。
不死の呪いは先王が死去してもなお解けることはなく、ズィーベンの躯を苛み続けた。
近しい家族がいた気がする。親しい友がいた気がする。愛しい誰かがいた気がする。
だがその誰しもが、ズィーベンを置いて逝ってしまった。彼はそれを追うこともできなかった。
ズィーベンは本当の死を望む。早く死んで楽になりたい。それだけが彼を動かす原動力だった。
だから死を追求するために死霊術の研究にのめり込み、躯に無数の傷をつけた。
死体と変わらぬ姿で死体を操るズィーベンに誰も彼もが奇異な目を向け、煙たがった。
稀に物好きな者が何の隔たりもなく接してくれて、そうした者たちだけに心を開き、死を求めた。
試験紙のようなこの醜い躯と醜い心を持て余し、本当の死を得るために死に続ける。
そこに意味など何も————



「ズィーベン!!」

はっ、と暗がりに沈むような夢から覚めた。
自身を引きずり出した声は耳元すぐのところから発せられていた。
仰向けの状態からのろのろと寝返りを打って確かめる。
ぼんやりと定まらない視界。遮光カーテンが引かれ暗い部屋の中。
しかしベッドの縁ギリギリのところに金の色が見えて、ズィーベンは熱にうかされたように呟くのだ。

「え……エリシア……?」
「う……ぇう」

すると次第にクリアになってゆく視界。
ベッドの縁にしがみ付くようにして人間の少女が立っていた。
何の因果か近頃当代魔王の庇護下に入った魔王城でもずば抜けて奇異な存在だ。
城に連れてこられた当初から、ズィーベンはこの少女のことをさる事情で密かに世話を焼いて来た。
それがたった一人、ぐしゃぐしゃに泣き腫らした目でズィーベンを見つめている。
固まるズィーベン。最早吐き出すもののないはずの臓腑の奥底に、冷えたものがこみ上げた。
ズィーベンが手を差し伸べるその前に、エリシアは靴を脱ぎ捨てベッドの上に必死になって這い登る。
そして寝そべったままのズィーベンの胸によろよろと抱きついて、震えながら嗚咽を漏らすのだ。
ひとまずズィーベンは爪の剥がれた指先で、その頭を恐るおそると撫でてみる。
かすかに甘い匂いのする、蜘蛛の糸のように細く柔らかな髪。小ぶりな頭に弱々しい手。
それでも温もりは確かなものだった。
ズィーベンは時間をかけ、エリシアの頭を撫でて、背中を叩き、肩をさすってあやしてやった。
そうしてエリシアの嗚咽が少し収まった頃、ズィーベンはなるべく優しい声を心がけて問いかける。

「そンナに泣イてドうシタんだ?」
「あ、あの……お……おねーちゃんがね……」

するとエリシアは命を絞り出すようにして。

「ズィーベンが、いっぱいちをはいて……し、し……しんじゃいそうって……!!」
「あノ……アマぁ」

そんなことを叫びわんわんと泣き始めたので、ズィーベンは一瞬だけ顔色を失くしぼんやりギリリと呟いた。
あの性悪は慌てふためくエリシアが見れて、随分和んで満足したことだろう。
ヴァネッサの爽やかな笑顔が容易に脳裏に描けてしまい、脱力する他ないズィーベンだった。

「アー……大丈夫だエリシア。オレはコの程度ジャ死ねハシねエから」
「ほ、ほんと……?」
「あァ。ホンとホんト」

言って抱きしめてやると、エリシアは甘えるように抱きついて何度も何度も頷いた。
粗方拭い臭いは飛んだものの、潰れかけたズィーベンの鼻でも分かるほど自身の体は生臭い。
しかしエリシアはお構いなしでィーベンに縋ってくる。
人間どころか、魔物ですらぎょっと眉を顰める死体のような彼に、エリシアはなんの抵抗も示さない。
そのことがズィーベンには嬉しく、愛おしく思われる。それと同時、歪んでいるとも感じてしまう。

ちらりと部屋の外に続く扉に視線をやると、廊下の光が差し込むばかりで厄介な保護者の気配は近くにない。
ズィーベンは再度肝が冷えるのを感じた。
ほんの少し前とは異なり、エリシアが城の中を一人で出歩くことに何の制約もない。
しかし、だからこそその事態の変化が非常にまずい。名残惜しいが、早く返さなければ後が面倒だ。
ズィーベンはエリシアの涙を袖で拭ってやってから顔を上げさせて、にこりと笑う。
人が見れば悲鳴を上げかねない潰れた笑みに、エリシアはしかしきょとんと呆けたような顔を浮かべるだけだった。
それがなんともズィーベンの心を温めて、自ずと彼の声は意識せずとも甘いものとなる。

「死ニはしネェが……ちョッと具合ガ悪イんデ、今夜は遊んデヤレそウにないンだヨ。ゴメんナぁ」
「ううん……」

だから早く部屋に戻れ、と続ける前に、エリシアは決意を含んだ顔でこくりと頷き。

「じゃあね、あのね、エリシアがおせわしてあげる!」
「へ?」
「おみずとか、おかしとか、もってきてあげるの。えほんもよんであげるよ。
いいこいいこ、ってしてあげるし、あとね、ぎゅー、ってする!」
「ア……う……えーット…………」

飛び出したのはなんとも魅力的な提案だった。
というか、それは今まで自分がエリシアに施してやった一部である。
そんな子供騙しで癒えるほど、この体は生半可に死に続けてはいない。
それなのに心臓が高鳴り、更に腐る思いがした。ズィーベンはごくり、と唾だか血痰だかを飲みこんだ。
幼い子供に性的な欲求を覚える趣味は毛頭ない。むしろ何か大事な存在を作ること自体、もうこりごりだった。
そう思っていたのに、ぶら下がる餌への欲が止めどなかった。
ズィーベンは震える声で想いを紡ぐ。

「じャアよ……」
「うん」
「今日は一緒ニ寝」
「貴様は勝手に孤独死しておけ!!」

突如響く大音声。縮み上がるズィーベン。
まかり間違ってもそれはエリシアの発したものではなく、現にいつの間にやらベッドの隣には巨躯の魔物が不機嫌の負の気を立ち昇らせて立っている。
青黒い肌に大きな角。それは紛れもなくズィーベンが仕え、名目上エリシアを保護している、当代の——

「まおうさん!」

ズィーベンが胸に抱いたままでいるエリシアが、明るい声でその魔物のことを呼ぶ。
すると魔王は少し表情を緩め、ズィーベンからエリシアを奪って抱き上げた。
甘えるようにその胸にしがみ付くエリシアのことを、ズィーベンは寝そべりながらも苦々しく見つめていた。

さあしかし面倒なことになった。
先代とは異なり、当代のこの魔王は気さくで配下達にどこまでも親身である。
しかし近頃お気に入りとなった人間の少女、エリシアが絡むと容赦がない。
魔王は結局床に伏せったままでいるズィーベンに、憤怒を顕わに怒鳴るのだった。

「いつまで経っても部屋に戻って来ぬから迷っているのかと思い探してみればこの様だ!
エリシアを連れ込み、何をやっているか何を!!」
「アンたノ方こソ何やッテンすカ……」

ぼやくズィーベンだ。起き上がる気も、弁明する気も生まれなかった。
しかし反論はすぐに当人以外から上がることとなる。魔王の胸に収まったエリシアだ。
人間であるはずの少女は気丈にもキッと魔王を睨み上げ、拙いながらの怒りを叫ぶ。

「まおうさん! ズィーベンいじめちゃだめでしょ!」
「なっ……し、しかし……」

苛めてる自覚はあるのかよ……と白い目のズィーベン。
魔王は途端に色を失いうろたえて、代わりにエリシアが毅然とした調子で言うのである。

「こんやはね、ズィーベンのおせわをしてあげるの」
「しかし今夜は星と、星座の名前を教えてやる約束で……」
「おほしさまはいつでもみれるでしょ?」
「だ、だが」
「またあしたね」
「……ああ」
「言イ負かサれルノ早イっスね……」

ズィーベンのぼやきに、魔王はジロリと冷たい恨みを込めて睨むだけだった。




「こうして、おにいさんといもうとは、ふたりなかよくくらしました。めでたし、めでたし……」

そしてぱたんと絵本を閉じるエリシア。
ほとんど閊えることなく読み上げることができて、顔には満足げな表情が浮かんでいる。
魔王は鋭利な爪が光る指でもってして、エリシアの頭を撫でてやる。

「よく読めた。偉いぞエリシア。」
「えへへー」

膝にエリシアを乗せて、魔王は随分とご機嫌のようだ。

「……」

他でやれ、という台詞をズィーベンはなんとか飲み込んだ。ベッドにうつ伏せ、シーツを掴んで何かに耐える。
ズィーベンのベッドの側まで椅子を寄せ、そこでエリシアが絵本を読んで聞かせてくれていた。
それがまた真剣で、ズィーベンの反応をちらちらと何度も窺って、聞いていることを示すために小さく手を振ってやるとあからさまに気力を出して、一生懸命に読んでくれた。
つまるところはいじらしくて、微笑ましくて……全力で可愛がってやりたいのに床から起き上がることもできず、指を咥えて仲睦まじい魔王と少女を見つめるだけだ。

(ああああああ畜生があぁあああ……)

胃の辺りがギリギリする。久しぶりにこんな真っ当な不調を覚える臓器。
見舞いとか、看病らしきものを受けているはずなのにフラストレーションが溜まる一方だ。
ズィーベンの苦悶をよそに、魔王とエリシアは触れ合い微笑みを交わす。
間男にすらなれない、場違いな思いを抱き始めるズィーベンだった。

「おーいズィーベン死んでるかー?」

そんな折、あまりにぞんざいなノックと気楽な声が廊下から届いた。
見れば魔王の側近たるジンが紙の束を小脇に抱え、にやにやと扉の隙間から顔を出していた。
ベッドまで歩み寄り、ジンは大仰に肩をすくめて揶揄するようにズィーベンを嗤う。

「まーたくたばってんのかよ。ったく面倒な虚弱体質なこった」
「何ノ用ダよ……」
「あ? お前に用なんかねえよ。思い上がんな死体」
「……」

ズィーベンが言葉に詰まっていると、ジンは傍らの魔王に向けてニヤリと意地悪く笑う。
魔王は顕著に顔を顰めるが、ジンはその肩を叩き朗らかに。

「おいベル、ちょっくら昼間の仕事でミスがあった。これからやり直しだ」
「何を言っている……お前も確認して合格を出しただろう」
「いやーそれが元の書類で数字が一つずれてやがってさー、急遽作り直したんだよ。っつーわけで来い」
「ちょ、ま、待て。私はまだここでエリシアと」
「あーエリシアはここで待ってろ。お前がいるとこいつ仕事しねーんだわ」
「わかったー。まおうさん、がんばってねー」
「お勤メゴ苦労さマでス頭ァー」
「ズィーベンはともかくエリシアお前まで!?」
「おら行くぞボス」

そうしてジンに引きずられて魔王は部屋から姿を消すのであった。
後に残されたのはエリシアと、身動きの取れないズィーベンだけだ。
椅子を降り、再びエリシアはベッドの縁をよじ登る。
手を差し伸べるまでもなくエリシアはズィーベンの隣に潜り込み、その顔をぺたぺたと撫でて微笑みかける。

「もう、だいじょうぶ?」
「……グッグッ」

エリシアを抱きしめるズィーベン。
邪魔者がいなくなった解放感からか、今もなお腹の奥底にある不快感からか、抱きしめた小さな体はいつもよりも心地よく温かだった。

「平気ダよ。あリがトウな」
「よかったー」

屈託なく笑うエリシアに、ズィーベンは心の底から安堵を覚えた。
そのお礼とばかりに抱きしめ、頭を撫でてやるとくすぐったそうに笑うエリシア。
初めて会った時に比べれば、随分と自然に甘えてくれるようになった。
ズィーベンはほくそ笑み、エリシアの髪に頬を寄せ。

「しなないでね」
「……!?」

エリシアがぽつりと発した一言で、ズィーベンは硬直する。
青黒かった顔色に、おかしな具合で血が回り上せたように紅が差す。
しかしエリシアはズィーベンの胸に顔を埋めたまま、小さな声で吐き出し続ける。

「ズィーベンしんじゃったら……かなしい……やだぁ……」
「エ、リシア……」
「ずっと……ずっといっしょがいい……いっしょに、いっぱい……あそぶの」
「グッ……グッグ……」

ズィーベンは嗤う。自身を嗤う。

『死ぬな』。
それは不本意な不死となり死を求め死に続けるズィーベンが、最も恐れる言葉だった。
周囲の者はズィーベンの境遇を知っている。
だからこそ、ズィーベンが死を望むことについて諌める者はいなかった。
しかし幼く、近頃城に来たエリシアにそうした事情を知る由もない。
きっとエリシアもズィーベンの境遇を知り、彼の望みを知ったのなら、二度とそんな言葉を投げかけることはないだろう。
この少女は優しく臆病で、とても弱い生き物だ。ズィーベンと同じくらい、痛みをよく知っている。

「あア……分カっタ」

だからズィーベンは決意した。
エリシアを抱きしめながら、優しく、幸せを滲ませ血反吐のような決意を吐いた。

「オレは何ガあッテも死ネねえかラ。オ前を悲シまセるヨうなこトには、絶対に、ならねエよ」
「ほんと?」
「ああ」
「約束だよ……?」
「あア」

永久に苦しみ続けろと、エリシアにそんな意図などあるはずがない。
それでもズィーベンは覚悟を決めた。死を放棄する。死を求めない。過酷な生を歩み続ける。
彼はエリシアの手をそっと取り、無理やりに小指を絡ませて。

「オレは死ねないから……だから、お前も死ぬなよ?」
「うん……!」

自分を見上げるエリシアの笑顔が、ズィーベンには先代、当代魔王よりも恐ろしいものに見えた。
だがズィーベンは自然に微笑むことができていた。
死の代わり、もっと冷たく素晴らしい物に魅入られた。
こみ上げるのは吐き気と、途方もない喜びだけだった。
結局その夜はつまらない話をして、ズィーベンとエリシアは共に眠ってしまった。
小さな寝息を子守唄に安らかな眠りに付いたズィーベンは、恐ろしい悪夢を見た気がする。
だが、次の日の目覚めはとても爽やかなものだった。


彼は愛する彼女の主命によって、いつまでもいつまでも死に続け、生き続ける。
彼は彼女に飽きられ捨てられるその日まで、死体のなり損ないであり続ける。
彼はこの世でもっとも幸せだった。


(了)

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