ブラック/クロスロード

魔王「今日も平和だ飯がうまい」の小説版。グロ注意。

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黒衣の章・6

黒衣の章・6
「はあ……」

心身がつかえていた。まるで鉛でも飲み込んだかのように。

「はー……あ」

つまり秘めたる重荷は決して気化することはなく、いくら溜め息を吐いたところで廃棄することが叶わない。
しかし他に出来ることもなく、私は件の部屋の前に立ち尽くし空気に対して八つ当たりを繰り返していた。
虚しい。実に虚しい。私は紛いなりにも魔王だというのに何故このような馬鹿げた事で悩まねばならないのか。
それもこれもジンのせいで……いやまあ元は私の計画だが。それにしても、だ。

「全く……一体あいつは何を考えているんだ」

件の部屋。つまりはジンが拐って来たという、人間の子供が入った部屋である。
来客など皆無に等しいこの城にも客間の一つや二つが存在しており、その内最も上等な一室があてがわれていた。
賓客と変わらぬ扱いにジンの温情が現れている……というよりも単に地下深くにある牢まで行くのが面倒だっただけだろう。
その上客間は比較的私の部屋に近く、気軽に世話をしに行けるようにという細やかな気遣いすら見受けられて、いつか盛大に謀殺してやろうと決意した。
ただし私が今排除すべき問題は、勿論のこと部屋の中にいるという姫である。

厄介な力を有した王族の情報は、亡き父上の日記から。
王に幼い娘がいるという情報は、ヴァネッサに急遽用意させた人間の新聞から。
とりもなおさず持っている情報といえばその程度で、どのような名前でどのような見た目をしているのだかは、全く不明な所であった。
それで何か問題が生じるとも思えないのだが、何しろ人間の飼育など初の試みだ。
ましてや子供という、手間が掛る上何かの拍子で簡単にころりと逝くような生き物である。
事前情報どころか、飼育のマニュアルでも一揃え欲しい所。

きちんと餌は食うだろうか。
命令には従うだろうか。
いきなり私のようにあからさまな外観の魔物が現れて、恐怖でショック死などしないだろうか。
あれこれ嫌な考えだけが脳裏を過り、踏みだせないままの私であった。
人間の飼育すら満足に出来ぬ役立たずと、真正面から罵られる未来しか見えない。

「しかしなあ……これでは埒が明かぬし……」

ぶつぶつと呟いてみるのだが、無論この廊下には私の他に誰もおらず、相槌が返って来るはずもない。
不審者然として佇む城の主は、かなり滑稽なものだろう。
無意味な時間が降り積もるだけで、このままでは何の進展も解決にも繋がらない事は明らかであった。
私は忌々しくも立ちはだかる扉を睥睨し……敗北を宣言するために、項垂れた。

「仕方ない……生きているかどうかの確認だけでもしておくか……」

そして私はこんこん、と一応のノックを経てから静かに扉を開いて見せたのだった。




「……?」

部屋に入ると、馴染みの光景が広がるばかりであった。
化粧台や大きな姿見、クローゼットにソファといった主要な家具は少したりとも使われていないようで、まして天蓋付きの巨大な寝台は皺一つ無く整えられており、部屋全体が客の到来を今か今かと待ちかまえているようにも見える。
絵画や観葉植物も目立たぬようひっそりと飾られており、この手の上等な部屋にありがちな息の詰まる圧迫感を感じさせない、広いながらも非常に居心地の良い空間であった。
この部屋は主に私の昼寝用避難所と化しているため、そう感じるのも当然と言えば当然だが。
高い天井に吊るされた華美なシャンデリア、またあちこちに添えられた魔力の明かりが部屋の隅々を照らし、窓の外に広がる闇を追いやり昼と変わらぬ空間を形作っていた。
しかしその光の群れは、在るはずの子供の姿をどこにも示してはいなかった。
ただただ平時の内部を映し出すだけで、何者かの姿など部屋の中には見られない。
しかし私にはやるべきことが出来ていた。
気乗りはしなかったが、ゆっくりと部屋の隅に添えられた、大きなクローゼットの前に立つ。
そして扉の時と同じく、軽いノックを二回。すると短く息を飲む声が、中から届いた。
ぴたりと閉じられた戸の隙間から洩れ出ていた恐怖の気配が一層にその濃度を増し、今にも絶えてしまいそうだった。
風前の灯火に霧吹きを掛けているような気分になりながらも、私は意を決し取っ手を掴みゆっくりと引いた。
すると案の定、中ではシーツの小山が震えていた。

「……何をしているんだ」
「ひ」

被ったシーツの隙間から、恐怖に歪んだ青が覗く。私は何故かほんの一瞬だけ、その色に目を奪われた。
小さな顔に小さな手、小さな体。
大きく見開かれた青の瞳は濡れていて、蜘蛛の糸のように細くしなやかな金の髪は気ままに乱れていた。
着ているものは上質なドレスのようだが、赤黒い染みが付いていたりあちこちが破けていたりで酷くみすぼらしい。
私に人間の美醜など分かるはずもなく、一目見て得られた情報などその程度のものだった。
しかし私は微かな、それでいて確信的な違和感を覚え、少々眉を顰めてしまう。
子供はそれを受けてか小さな体をますます縮めて、既に涙や鼻水でぐしゃぐしゃになっていた顔を更に歪めることとなった。
面倒の気配が立ち上ぼり、やや慌てる私である。
出来るだけ穏便な声色を心がけ、子供に語りかける

「何もしない。だから大人しく出て来い。な?」
「うぅう……えぅ…………」

拐っておきながら『何もしない』とは我ながら胡散臭い台詞である。
掴み引き摺り出そうかとも思ったのだが、何しろ子供はとても小さく柔らかそうだ。
万が一爪を立ててしまえば、それこそ一大事である。
私は私の気ままな生活を守るべく必死に戦うわけだが、子供は説得に応じることなく頑なにその場を動こうとはしなかった。
客観的に見て、極めて堅実な判断であると言えよう。
しかし子供は動かない代わりに、おずおずと口を開く。
そして絞り出す音の連続は極めて小さく不明瞭ではあったが、どうにか聞き取ることが出来た。
何しろ予想された問いかけであったため。

「だ……だれ……?」
「私か? ベルゼメトロームという。こう言えば分かりやすいだろうか。魔王をやっている」
「…………!?」

ただし、それ以上の言葉は出ないようだった。
私の簡素な回答に、子供は息を飲み、その顔には恐怖の色が濃厚となった。
うむ。魔王を前にしての反応としては、とても理に適ったものである。
私は少々得意になって、に、と口の端を歪めて見せるのだが、それでまた小さくなる子供であった。
周囲が畏怖や尊敬などと無縁な者ばかりなので、この反応には一種感動すら覚えてしまう。
気に入った。気に入ってしまった。健康そうであり、無意味に泣き叫ぶこともなく、それでいて私を恐れる子供。
これ程扱いやすい案件もないだろう。まあ少々問題が無いとは言えないのだが、それはそれだ。
怠惰に日々を過ごす片手間に、餌をやる程度でどうにか生きる事だろう。ああそういえば、餌だったな。

「お前、腹は減っていないか?」

ぴくり、と子供は動きを止める。
そして見る間にその表情は困惑が色濃いものとなるのだが、それは今までのものとは、また違った手応えだった。
しばし一方的な睨み合いが続き、先に音を上げたのは子供の腹の虫だった。ぐうと主張をすると同時、子供はぎゅっと目を瞑る。

「では、何か持って来させよう」

そして私がそう言うと、すぐにぱっと目を開く子供であった。
それは驚愕だか戸惑いだかで揺れていて、実に分かりやすくて面白い。

「怪我はないか? 体の調子は? 何か欲しいものは?」

私は引き続き、調子よく詰問する。
しかしその後は何と言うか呆然自失といった様子で私を見つめているだけで、まともな反応は見込めなかった。
手応えの無さに苛立ち、私が盛大に溜息を吐いた時にだけ、子供はびくりと顔を伏せたのだが、質問に答える余力は最早残っていないように見えた。
そういえば、もう日付も変わった頃合いだ。ストレスで小動物は死ぬのだろうか。死ぬだろう。
ならば仕方がない。

私は両手を伸ばし、シーツごと子供をそっと捕獲した。
短い悲鳴が上がるものの、子供は暴れず大人しくしている。固まるしかないと言うべきだろうか。
しかしその表情は壮絶なまでに悲壮な物で止まってしまい、このままの状態が長引けば心臓が止まりかねないと思わせた。
そのため私は迅速に子供を持ち上げ、寝台にまで運び、そして丁重に降ろさざるを得なかった。
柔らかなマットに沈みながらも、子供は両手をついてぽかんと私を見上げている。
何となくコツが分かった気がした。要するに割れ物を扱うように触れれば良いのだ。
調子付いた私は、最後の締めとして子供の頭に手を乗せて。

「とりあえずまあ、生きろよ」

埃を払うように撫でてみた。
案外子供はこくりと頷いて、これで意志疎通の基礎は整った。



そうして子供に明日の朝また来ると伝えてから、私は廊下へと舞い戻った。
先程までの葛藤が嘘のように、仕事に対する不安は綺麗さっぱりと拭えてしまい、私は扉に背を預けて一息ついた。
それはしかし、少量の安堵と多量の呆れで構成されていた。

「ジンの奴……あれが見抜けぬとは、どんな目をしているのだか」

結論から言えば、あの子供は影武者である。
直系の王族のみが持つという、厄介な力の気配など微塵も無い。
敢えて言うなれば何かしらの才を感じなくはないのだが、やはりそれでも凡庸な物。
取り立てた特徴もなく、そういった意味では実に面白みのない子供であった。
つまり私の計画は、前提段階から破綻したということになる。
もし私が真面目な魔王であれば、ジンを即座に呼び付け失敗を犯した責任を取らせるのだろうが、残念ながらそうではない。
面倒なので放置に限るというのが、私という魔王の取る手であった。
それに加えて偽物を掴まされたと知った時、ジンがどれほど悔しがるかと思えば……楽しみは先に延ばした方が良さそうだ。

まあ人目のある場所で攫ったということだし、あちらにも面子というものがあるだろう。
その上公式の場で影を使うということは、本物が病に伏せっている、または既に没している可能性がある。
いずれにせよ何かしらの事情で代わりがいるのは確実だ。
まして新聞には姫君と隣国の(それもかなり大きな国だ)王子の婚約が発表されており、今後ますますその必要性は高まったことだろう。
つまり子供は、あの国にとってもむざむざ見殺しに出来る駒ではないはずの人間である。
ならばまあ、人質としての価値は多分ある、だろう。恐らくは。


あの子供が何であり、結局のところどうなろうとも、今は私が魔王として働く前準備として、子守をやらされているというポーズさえ出来ればそれでいい。
それでしばらくは、私の気ままな生活と擦り切れ果てた威厳はきっと守られる事だろう。
新たに魔王らしい計画を練ることと、手間のかからなさそうな子供の世話。天秤に乗せるまでもない、実に単純な二択であった。

私は明日から始まる、安寧なる建前の日々に胸を躍らせ始め……ふと、青が頭の中を支配した。
他の何でもない、あの、子供の青く澄んだ大きな瞳だ。
初めて目にしたあの瞬間から、何故か子供の瞳は私の心を捕えて離さず、一体どのような魔法が掛けられたものかと思ったほどだ。
実際にはそのような事実は微塵もなく、子供も単なる平凡な人間に過ぎないと知れた。
もしや私はあの色を、いつかのどこかで目にした事が。

「……無い」

あるはずもなかった。

テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

小説版の構成は全て決まっていますが、娘視点は後半に入ります。お待ちいただけると!
原案よりも心情とか書けたらなーと思います。のんびりやっていきます。

  • 2011/01/19(水) 23:59:15 |
  • URL |
  • おつかい #-
  • [ 編集 ]

一人称で書いてあるけど、姫目線からのも書いて下さい

  • 2011/01/19(水) 11:06:04 |
  • URL |
  • #-
  • [ 編集 ]

忘れてるのか、気付きたくないだけなのかのどっちかです。

  • 2011/01/14(金) 23:24:14 |
  • URL |
  • おつかい #nAPy1gFE
  • [ 編集 ]

見たことは無い、か。

  • 2011/01/14(金) 02:33:16 |
  • URL |
  • 水無月 #-
  • [ 編集 ]

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